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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題225 女護の島異変
225 にょごのしまいへん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第三十九卷 女護の島異変」 同光社
1955(昭和30)年1月15日
初出「小説世界」1950(昭和25)年1~5月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-05-29 / 2017-03-11
長さの目安約 64 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、面白い話がありますよ」
 お馴染のガラツ八こと八五郎、髷節へ赤蜻蛉を留めたまゝ、明神下の錢形平次の家へ、庭木戸を押しあけて、ノソリと入つて來ました。庭一パイの秋の陽に、長んがい影法師を泳がせて、この上もなく太平無事な姿です。
「髷節を赤蜻蛉の逢引場所にしてゐるやうな野郎だもの、この世の中が面白くてたまらねえことだらうよ」
 平次は腰から下だけ椽側に出して、秋の生温かい陽を享樂しながら、腹ん這ひになつたまゝ、ものの本などを讀んでゐるのでした。
「何を讀んでゐるんです、大層面白さうぢやありませんか。矢張り金平本と言つたやうな?――」
「馬鹿だなア、そんなものを大の男が、ニヤニヤしながら讀んでゐられるものか」
「へエ、親分は學があるからたいしたものだ。――笹野の旦那もさう言つて居ましたよ。平次は四角な字も讀めるから、唯の岡つ引には勿體ないつて」
「チエツ、古渡りの岡つ引が聞いて呆れらア、俺は唯の岡つ引で澤山だよ」
「すると、その面白さうな書物は、矢張り岡つ引の傳授書見てえなもので?」
「間拔けだなア、まだ岡つ引にこだはつてやがる――こいつはそんなイヤな本ぢやないよ。北村湖春といふ人が書いて、近頃評判になつてゐる『源氏物語忍草』といふ日本一の好い男のことを書いた本さ」
「へエ、日本一の好い男ですかえ?」
「不足らしい顏をするなよ、お前と張合ふ氣遣けえはねえ。昔々の大昔の色男だ。光る源氏と言つてな、まるで八五郎に垂直を着せたやうな男さ」
「間拔けた話で、――烏帽子を冠つて女の子を口説く圖なんざ、たまらねえ」
 八五郎は平掌で額を叩くのです。
「ところで、お前の方の面白い話といふのは何んだえ」
 平次は起き上がつて煙草盆を引寄せました。
「親分の前だが、あつしは妙なところから用心棒に頼まれたんですがね」
「まさか賭場ぢやねえだらうな」
「飛んでもねえ。あつしが勝負事の大嫌ひなことは、親分も知つて居なさるでせう。挾み將棋でも、ジヤン拳でも勝つたためしがねえ」
「そんな事が自慢になるものか。それぢや見世物かお茶屋か、それとも比丘尼長屋か、いづれにしても十手を捻くり廻して、筋のよくねえ禮などを貰ふと承知しねえよ」
 平次は以ての外の機嫌です。
 役得を稼ぐくらゐなら、女房に駄菓子でも賣らせて、十手一梃の清淨さを保たうと覺悟をきめて居る平次だつたのです。
「憚りながら、そんなさもしいんぢやありませんよ。あつしに來てくれといふのは、市ヶ谷で評判のたけえ女護の島」
「そんな變なのが江戸の眞ん中にあるのか」
「へツ、あるから不思議で。女ばかりの一と世帶――と言つたつて、羅生門河岸の青大將臭せえのとは違つて、大年増から中年増、新造から小娘まで揃ひも揃つたり、箱から出し立ての、雁皮を脱がせたばかりと言つた、樟腦臭い綺麗首が六人」
 八五郎は大きく身振りをして、八つ手の葉つぱ…

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