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ばい
作品ID55871
著者三好 達治
文字遣い旧字旧仮名
底本 「三好達治全集第一卷」 筑摩書房
1964(昭和39)年10月15日
初出霾「作品 三卷一號」1932(昭和7)年1月<br>鴉「改造」1931(昭和6)年5月<br>自畫像「セルパン 一二號」1932(昭和7)年2月<br>牛ぐるま「文學界 三卷一〇號」1936(昭和11)年10月<br>金星「文藝雜誌 一卷四號」1936(昭和11)年4月<br>大阿蘇「雜記帖」1937(昭和12)年6月<br>とある小徑「改造 二〇卷十一號」1938(昭和13)年11月<br>靜夜「改造 二〇卷十一號」1938(昭和13)年11月<br>烟子霞子「改造 二〇卷一一號」1938(昭和13)年11月
入力者kompass
校正者榎木
公開 / 更新2018-02-09 / 2018-01-27
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 冬の初めの霽れた空に、淺間山が肩を搖すつて哄笑する、ロンロンロン・[#挿絵]ッハッハ・[#挿絵]ッハッハ。「俺はしばらく退屈してゐたんだぞ!」そしてひとりで自棄にふざけて、麓の村に石を投げる、氣流に灰を撒き散らす。

 山端に出た一人の獵師は、(彼の犬は平氣でさつさと先を急いでゐる)ちやうど彼のふり反つた鼻の先の、落葉松に話しかける。「やつたぜ、また」

 高原を走る小さな電車は、折から停車場に尻ごみして、がたがたとポオルを顫はす。「これだから厭だよ、おれはもう厭だよ」そこで發車時間が五分遲れる。

 淺間山は滅茶苦茶にはしやいでゐる、赤い熔岩の舌を出して、「そらもう一度」[#挿絵]ハッハッハ・[#挿絵]ッハッハ。朝陽をうけて、ブロンドの噴煙がまつ直ぐに背伸びする、脊伸びする、やがてままよと歩きだす。

「はてな」熊笹から笹熊が顏を出す。

 四十雀が窓で啼く、窓によつて一人の詩人が、一っ時瞑想の後に、かくしから手帳をとり出す、「地よ、地よ、爾の諧謔よ、そは愛づるに足れり」

 郵便配達夫がやつてくる、蝙蝠傘を携へて。





 一日、私は窓外の築地の甍に、索索たる彼の跫音を聽いた。塵に曇つた玻璃窓の眞近に、彼は一羽、さも大事の使者のやうに注意深く、けれども何の臆面もなく降りたつてゐた。さも惶だしげに、けれどもまたさも所在なげに、彼は左右を顧み、わづかに場所を移り、さかしらで浮浪者染みた、その迂濶な、圓頂緇衣の法體を暫らくそこに憩はせてゐるのである。それは私にとつて、折から思ひがけない訪問者であつた。私には彼をもてなすすべはない。私はただ呼吸を殺して、彼の樣子を窺つてゐた。何か故あつて、恰も彼がこの窓を撰んで降りたつたかのやうに、ひそかに窓を隔てて、私はただ、その暫らくを貴重なものに感じてゐたのである。彼の肩に、太陽が光つてゐる。ふと彼は空を仰ぐ。彼は向きを更へる。彼はまた甍を跳ぶ。私に就ては、何の懸念もしてゐない……。
 けれども、時既に去つた。つと、この訪問者は、肩胛骨のあたりに音をたてて、羽風を殘して去つてしまつた。殘された私は、虚ろになつた心にひとり呟いた、「エトランジエ!」

 また一日、私は溪流に架けた橋に立つて、平和な風景の、晴れた日の山に飛んでゐる彼等を眺めてゐた。ほど近い枯萱山の傾斜を滑つて、彼等の影もまた靜かに旋囘してゐた。ひとつ時、私はこの平凡な眺望を立去ることができなかつた。ある動物學者は、鴉は二百年も、二世紀も生きると云ふ。それは私に、一つの凄慘な幻影を抱かしめる。私は溪流の上に立つて、ぼんやりと欄干に手を置いてゐた。「刑罰! この星に、我等のこの空に、如何に、彼等が二百年も飢ゑてゐるとは!」

 けれどもまた、私はその流れに沿つた小徑を下つて行つた時に、彼等の一羽が、眞近の菜園から、私の逍遙に驚いて飛びたつのを見た。…

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