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読書と著書
どくしょとちょしょ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「エッセイの贈りもの 1」 岩波書店
1999(平成11)年3月5日
初出「図書」岩波書店、1940(昭和15)年7月
入力者川山隆
校正者岡村和彦
公開 / 更新2013-08-24 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「貴下は今何をして居られるか。」
と、よく人に聞かれる。実のところ、私は少数の青年たちに古い書物の講義をして居るのである。第一に聖書、第二にアウグスチヌスの『神の国』、第三にアダム・スミスの『国富論』。尤もこの中第一と第二は素人学問であるから、専門家から見れば幼稚なものであるにきまってる。
 併し古典を読むのは真に楽しい。何千年何百年という「時」の試煉を経た書物で、しかも単に考古的好事家の玩弄物でなく、現代人に取りて一般的興味あるもの、之が古典である。古典は単なる古書ではない。少しく親しき態度で古典を読んで居ると、其の著者は歴史的服装を脱いで、活きたる者となって我々の前に現われる。現代の人が時局の下に萎縮してしまって、何も語らないか、或は奴隷の言葉を以てしか語らないか、或は偽り曲げた言葉を語る中にあって、古典は率直に、詳細に、真実を語ってくれる。しかもその語るところは現代の活きた現実に触れている。古典は我々に真理の永遠性を感ぜしめる。我々は古典を読んで、驚くほどに現代を知るのである。「時」の波を越えて活くる永遠の真理探求者と手を握って現代を論ずる、之が私には楽しくてならないのだ。
 例えばアウグスチヌスの『神の国』は今より約千五百二十年前の著述であって、その執筆を始めたのは、北方蛮族の軍がロマを陥れて掠奪をほしいままにした事件の三年後(四一三年)であった。当時この災禍はロマ帝国が基督教を公認して、固有の多神教礼拝を禁じた事に対する神々の怒であると為す者があった。この世論に対して基督教の真理を弁証する為めに、アウグスチヌスは二十二巻より成るこの大著を著述したのである。
 本書の最初の五巻はロマの歴史や多神教に関する記述が多く、退屈せずに読まれることは稀であると称せられる。併し自分で読んで見ると、決してそんな事はない。そこに論ぜられて居る問題は、要約すれば次の二点である。
(一)「戦争の常たる」殺戮・掠奪・捕虜・凌辱等の災禍が基督者の上にも加わったのは何故であるか。又之等の災禍に迫られたる基督者が自殺しなかったのは恥ずべきことであるか。
(二)ロマ帝国が広大なる領土を拡張し、又その長き持続を見たのは、果してロマ人の言う如く多神教の神々の力によるものであるか。
 アウグスチヌスはこの二つの問題を極めて詳細に論じて、多神教の迷妄と基督教の真理を論証したのである。突けば血の出る如き生々しき現実問題に対って、彼は真正面から組み付き、その学問的教養の蘊蓄を傾け、宗教的信仰の熱心を注いで、真理弁護の為めに戦ったのである。教会内に於いて対ペラギウス並に対ドナチストの論戦に従事したるアウグスチヌスは、本書によりて教会外に於ける基督教の敵たる多神教に対し、現世的問題について戦ったのである。本書を読みて痛切に感ぜしめられるところは、真理の為めに戦う彼の熱烈なる精神・気魄である…

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