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なぐり合い
なぐりあい
作品ID55972
原題WIE JAPPE UND DO ESCOBAR SICH PRÜGELTEN
著者マン パウル・トーマス
翻訳者実吉 捷郎
文字遣い新字新仮名
底本 「トオマス・マン短篇集」 岩波文庫、岩波書店
1979(昭和54)年3月16日
入力者kompass
校正者酒井裕二
公開 / 更新2015-05-15 / 2015-03-31
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ジョニイ・ビショップがおれに、ヤッペとド・エスコバアルとがなぐり合いをするから、見物に行こうじゃないかといった時、おれは大いに心をうごかした。
 それは、夏休にトラアヴェミュンデに行っていた時のことで、ある蒸暑い日だった。陸軟風が吹いて、海は干潮でずっと引いていた。おれたちは小一時間ばかり水につかったあと、梁や板を組み合わせた水浴小屋の下の堅い砂の上に、船持ちの息子ユルゲン・ブラットシュトレエムと一緒に、ねそべっていたのである。ジョニイとブラットシュトレエムは、丸裸であおむけになっていたが、おれはそれよりもタオルを腰にまきつけたほうが気持がよかった。ブラットシュトレエムはおれに、なぜそんなことをするのかと問うた。そしておれがうまい返事をしかねていると、ジョニイは持前の心をうばうようなかわいい微笑をもって、君はもう裸でねるには、すこし大人すぎるんだろうといった。実際おれはジョニイよりも、ブラットシュトレエムよりも、大きかったし、発達もしていた。それにすこしは年上でもあったろう。たしか十三だった。だからおれはジョニイの説明を黙って受け容れた。実をいうと、そこにはおれに対するある侮辱がこもっていたのだが。いったいジョニイと一緒にいて、彼よりも小さく上品で、からだつきが子供っぽくないと、誰でもすぐに、なんだかみっともなく見えてしまうのだった。彼はそういう性質を、実にゆたかに備えていたのである。そんな時彼は、きれいな、碧い、優しいけれど、ひやかし気味の微笑を含んだ、少女のような眼で、人の顔を見上げることがよくあった。――「君はもうずいぶんのっぽなんだねえ。」とでもいいたそうな表情を浮かべながら。大人とか長ズボンとかいう理想は、彼のそばに来るとなくなってしまった。しかもそれが戦争後まもない頃で、力だの勇気だの、なんでも荒くれた美徳が、おれたち少年の間では非常にもてはやされて、そのほかのものは、ことごとくめめしいとせられていた時分のことだったのである。ところが、ジョニイは外国人もしくは半外国人だったので、そうした気分の影響は受けなかった。それどころか、かえってどこかに、努めて容色を保ちながら、自分よりその心がけのすくない者をばかにする女といったようなところがあった。それにまた彼は、上等な、どこまでも若様らしいなりをしている点では、たしかに町中第一の少年だった。すなわち純イギリス式水兵服に、青いリンネルのカラア、水夫ネクタイ、飾り紐、胸の隠しには銀の呼子が入り、手首で詰まっているふっくらした袖には、錨のしるしがあるというわけである。もしだれでもほかの者が、こんな身なりをしていたら、きっとおしゃれだといって冷かされたり、制裁を加えられたりしただろう。が、ジョニイはいい恰好に、当り前な顔をして、着こなしていたので、それが決してなんの障りにもならなかった。だから、そのために苦し…

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