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墓地へゆく道
ぼちへゆくみち
作品ID55974
原題Der Weg zum Friedhof
著者マン パウル・トーマス
翻訳者実吉 捷郎
文字遣い新字新仮名
底本 「トオマス・マン短篇集」 岩波文庫、岩波書店
1979(昭和54)年3月16日
入力者kompass
校正者湖山ルル
公開 / 更新2014-06-20 / 2014-09-16
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 墓地へゆく道は、ずっと国道に添うて走っていた。その目的地、つまり墓地に達するまで、ちっとも国道を離れずに走っているのである。その道のもう一つの側には、まず人家がある。郊外の新築の家々で、まだ職人の入っているのもある。それから畑が来る。縁に、ごつごつした中老の山毛欅の樹が立並んでいる国道のほうは、半分だけ鋪石が敷いてあって、半分は敷いてない。しかし墓地へゆく道のほうは、砂利があっさり撒いてあるので、踏み心地のよい歩道のような体裁になっている。雑草と野花でいっぱいの、狭い乾いた溝が、この両方の道の間を通っている。
 それは春だった。もうほとんど夏だった。世界は微笑していた。ひろやかな青大空は、一面に小さいまるい濃密な雲の断片で点綴せられている。おどけた形をした雪白の小さな塊が、点々として到るところに浮んでいるのである。小鳥が山毛欅の樹にさえずっているし、畑を越して軟らかな風が吹いて来る。
 国道には馬車が一台、隣村から町へ向って静かに走っていた。馬車の片側は鋪石のある上を、片側は鋪石のない上を、半々に進んでゆく。馭者は両脚を轅の両側にぶら下げたまま、すこぶる下品に口笛を吹いている。馬車のうしろ端には、黄色い小犬が一匹、馭者のほうに背を向けながら乗っかっていて、なんともいえないまじめな引締った様子で、尖った鼻面越しに、今通ってきた道を眺め返している。どうも比類のない小犬である。黄金の価値がある。ひどく面白そうな奴である。しかし残念ながら、この犬は話の筋とは関係がないのだから、われわれはこのまま別れてしまわなければならない。――一隊の兵士が通り過ぎた。近所の兵営から来たのである。自分で立てた砂煙の中を行進しながら、歌を歌っている。また馬車が一台やって来た。町から隣村へ向って行くのだが、馭者は眠っているし、それに小犬も乗っていないから、この乗り物はいっこう興味がない。二人の若い職人がやって来た。一人はせむしで、一人はばかに大きな男である。二人ともはだしで歩いている。靴は背中に背負っているからである。眠っている馭者に、なにやら上機嫌な言葉をかけて、二人はどんどん進んでゆく。まことに尋常な交通である。なにごとの面倒も、なんらの椿事もなしにはかどってゆく。
 墓地へゆく道のほうには、たった一人の男が歩いているだけである。ゆっくりと、うなだれて、黒い杖にすがりながら歩いている。この男はピイプザアムあるいはロオプゴット・ピイプザアムと呼ばれる。そのほかに名はない。ここにこうして名前をはっきりことわっておくのは、今にこの男が、すこぶる変った振舞をするからである。
 男は黒いなりをしている。愛する者たちの墓に詣でる途中なのである。けば立ったいびつなシルクハット、古さで光っているフロックコオト、きちきちでつんつるてんのズボン、それからはげちょろけた黒の革手套を着けている。頸は、大き…

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