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八ヶ峰の断裂
はちがみねのだんれつ
作品ID55999
著者木暮 理太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山の憶い出 上」 平凡社ライブラリー、平凡社
1999(平成11)年6月15日
初出「山岳」1918(大正7)年2月
入力者栗原晶子
校正者雪森
公開 / 更新2013-12-29 / 2014-09-16
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 八ヶ峰というのは、鹿島槍ヶ岳と五竜岳との間にある山稜の一大断裂に名付けられた称呼であって、峰とは呼ばれているが実は隆起した地点ではない。此断裂の特色は山稜が歪なU字形にくびれて、越中人夫の所謂「窓」を形造り、其儘一直線に急峻なる越中側の山腹を抉って、五百米も下の東谷(南五竜沢)の雪渓まで続いていることである。上部に於ては底は稍や平であるが、左右の岩壁は、鹿島槍側に竪立し、五竜側に二段に[#挿絵]れ込んでいる。それが上段は浅く下段は深いので、横からながめた形を想像すると、さながら腹を膨らしてつくばっている蛙が壁と睨み合っている観がある。高さは五竜側の方が少し高く、二丈ほどはあるらしい。幅は二間乃至二間半位のものであろうと想われた。然し降るに連れて底は雨水や氷雪の為に侵蝕され、傾斜が甚しく急峻になるから、左右の岩壁は益々高さを増して来る。随って降れば降るほど通過し得る望は少なくなる訳で、実際上から望見した所では、東谷の雪渓まで下りて迂廻しなければ、到底通過不可能であろうとさえ思われる。そしてまだ悪いことは、折角其辺まで下りて迂廻しても、再び山稜まで登る際に、またしても滝などに阻まれはせぬかという不安に襲われることである。これは鹿島槍又は五竜孰れの方面から来た人でも、等しくその感を懐くに充分なる程、附近の山谷の模様が威嚇的であるからだ。されどこれは大町の百瀬君が大正二年に鹿島槍惻から此方面を探検されて、通行の可能なることを慥められた。
 信州側はといえば、これは敢て此山脈に限らず、日本アルプスを通じての特色である如く、此処でも二百米近くも削立した峭壁で、鹿島槍側に在りては其縁に沿うて登降することは絶対に不可能であるが、五竜側は横を搦めば窓の底に達し得る一縷の望がないでもない。唯だ之を決行するに際しては、大胆細心にして岩石の登攀に熟練した者でなければ、生還期し難きものがあるであろう。若し底に達することが出来れば鹿島槍側は、少し下手の岩壁に横に刻まれた一条の襞を伝って山稜に登ることは甚しく困難でも危険でもない。反対に鹿島槍側からは此襞を辿って底に下ることは難事ではないが、五竜側を登るのが生死を賭しての大冒険に属する。一言にして尽せば此断裂は、上を強行するか下を迂廻するか、如是閑氏の所謂「労力の少ない危険」に就くか、又は「労力の多い安全」を択ぶかの二途より外に通過の方法はない。但し後者の場合でも、直接岩壁の縁に沿うて何処までも下ることは不可能であるから、南北の両方面とも窓から二つ位手前の沢を下るようにしなければならぬ。現に百瀬君が此迂廻路を発見してから、大町の案内者は皆之に遵っている。此路によれば尚お一の便利がある。それは此断裂から三十間ばかり北に寄って、更に之を縮小したような裂け目があるが、夫をも合せて避け得られる。尤も大町以外の案内者を連れて、五竜方面から遂行する…

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