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わかれ道
わかれみち
作品ID56008
著者樋口 一葉
文字遣い旧字旧仮名
底本 「樋口一葉全集第二卷」 新世社
1941(昭和16)年7月18日
初出「国民之友 二七七号」1896(明治29)年1月4日
入力者万波通彦
校正者岡村和彦
公開 / 更新2014-12-02 / 2014-11-14
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 お京さん居ますかと窓の戸の外に來て、こと/\と羽目を敲く音のするに、誰れだえ、もう寢て仕舞つたから明日來てお呉れと嘘を言へば、寢たつて宜いやね、起きて明けてお呉んなさい、傘屋の吉だよ、己れだよと少し高く言へば、いやな子だね此樣な遲くに何を言ひに來たか、又お餅のおねだりか、と笑つて、今あけるよ少時辛防おしと言ひながら、仕立かけの縫物に針どめして立つは年頃二十餘りの意氣な女、多い髮の毛を忙しい折からとて結び髮にして、少し長めな八丈の前だれ、お召の臺なしな半天を着て、急ぎ足に沓脱へ下りて格子戸に添ひし雨戸を明くれば、お氣の毒さまと言ひながらずつと這入るは一寸法師と仇名のある町内の暴れ者、傘屋の吉とて持て餘しの小僧なり、年は十六なれども不圖見る處は一か二か、肩幅せばく顏少さく、目鼻だちはきり/\と利口らしけれどいかにも脊の矮ければ人嘲りて仇名はつけゝる、御免なさい、と火鉢の傍へづか/\と行けば、お餅を燒くには火が足らないよ、臺所の火消壺から[#「火消壺から」は底本では「火消壼から」]消し炭を持つて來てお前が勝手に燒いてお喰べ、私は今夜中に此れ一枚を上げねばならぬ、角の質屋の旦那どのが御年始着だからとて針を取れば、吉はふゝんと言つて彼の兀頭には惜しい物だ、御初穗を己れでも着て遣らうかと言へば、馬鹿をお言ひでない人のお初穗を着ると出世が出來ないと言ふではないか、今つから伸びる事が出來なくては仕方が無い、其樣な事を他處の家でもしては不可よと氣を附けるに、己れなんぞ御出世は願はないのだから他人の物だらうが何だらうが着かぶつて遣るだけが徳さ、お前さん何時か左樣言つたね、運が向く時になると己れに糸織の着物をこしらへて呉れるつて、本當に調製へて呉れるかえと眞面目だつて言へば、それは調製へて上げられるやうならお目出度のだもの喜んで調製へるがね、私が姿を見てお呉れ、此樣な容躰で人さまの仕事をして居る境界ではなからうか、まあ夢のやうな約束さとて笑つて居れば、いゝやなそれは、出來ない時に調製へて呉れとは言はない、お前さんに運の向いた時の事さ、まあ其樣な約束でもして喜ばして置いてお呉れ、此樣な野郎が糸織ぞろへを被つた處がをかしくも無いけれどもと淋しさうな笑顏をすれば、そんなら吉ちやんお前が出世の時は私にもしてお呉れか、其約束も極めて置きたいねと微笑んで言へば、其奴はいけない、己れは何うしても出世なんぞは爲ないのだから。何故々々。何故でもしない、誰れが來て無理やりに手を取つて引上げても己れは此處に斯うして居るのがいゝのだ、傘屋の油引きが一番好いのだ、何うで盲目縞の筒袖に三尺を脊負つて産て來たのだらうから、澁を買ひに行く時かすりでも取つて吹矢の一本も當りを取るのが好い運さ、お前さんなぞは以前が立派な人だといふから今に上等の運が馬車に乘つて迎ひに來やすのさ、だけれどもお妾になるといふ謎で…

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