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日本名婦伝
にほんめいふでん
副題小野寺十内の妻
おのでらじゅうないのつま
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「剣の四君子・日本名婦伝」 吉川英治文庫、講談社
1977(昭和52)年4月1日
初出「主婦之友」主婦の友社、1942(昭和17)年1月号
入力者川山隆
校正者雪森
公開 / 更新2014-09-09 / 2014-09-16
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 思い出もいまは古い、小紋の小切れやら、更紗の襤褸や、赤い縮緬の片袖など、貼板の面には、彼女の丹精が、細々と綴られて、それは貼るそばから、春の陽に乾きかけていた。
「この小紋も、はや二十年ほどになろう。良人の十内様が、江戸詰のおもどりに、長の留守居の褒美ぞと、お土産に買うて下されたもの。性の抜けるほど、よう着た上、解いて頭巾になおしたり、お母様の胴着にもしたり……」
 彼女は何かを楽しむように、貼り交ぜた小切れの数々をながめていた。十九の頃、いまの良人の十内に嫁いだときの物すらある。小野寺家の新妻として、まだ客にも羞恥うていた時分の自分のすがたなど、思い出されて来る。
「おや、お母様。ほほほほ、お縁側から落ちるといけませんよ。御退屈なさいましたか」
 庭さきから、ふと、陽あたりのよい小書院の縁をふり顧って、丹女はあわてて、そこにいる老母のそばへ、起しに行った。
 良人の老母は、ことしもう九十であった。――嫁よ、嫁よ、と呼ばれている丹女ですら、十内と添ってから三十余年、五十をすこし越えていた。
(わたくしが貼物をしているあいだ、ここのお蒲団にすわって、お花見をしておいで遊ばせ。東山や清水のあたりの山桜が、ここからちょうどよく眺められますから)
 と、子をあやすように、老母の退屈をなだめて、茶や菓子なども、その側へおいて、時々、庭さきと縁側とで、話しながら貼物をしていたのであったが、いつか老母は、快げにそこで居眠りをしていたのだった。
 眼をさますと、老母は、わけもなく笑って、
「嫁女、十内はまだ帰りませぬか」
 と、訊ねた。
「まだ、お戻りになりませぬが」
 と彼女が答えると、
「今朝にかぎって、朝餉もひとりで済ませ、どこへ行ったのであろ? ……あの子は」
 と、つぶやいた。
 九十の母から、いまもって、あの子はあの子はと呼ばれている丹女の良人は――小野寺十内といい、赤穂の臣で百五十石、現職は京都留守役、年はことし五十九であった。



 たいがいな藩の留守役というものは、交際上、派手で門戸を張って、家族の生活までが、都風に化されていたが、小野寺家は、京の町中にありながら、殆ど、郷土の風をそのまま、一儒者の住居ぐらいな小門と籬の中に、ただ清潔と簡素を誇って暮していた。
「幸右衛門様。……幸右衛門様は……?」
 と、いまそこの門を、息喘って駈けこみながら、玄関へは訪わず、家の横を、見まわしている娘があった。
 年老った仲間の惣兵衛というのが、風呂桶へ水を汲みこんでいたが、
「お、お稲様か。……若旦那はそこのお書斎にいらっしゃいますよ」
 と、何か心得顔にうす笑いしながら教えた。
 お稲の声を知ると、幸右衛門はすぐ書斎をあけて濡れ縁に出て来た。幸右衛門はここの養子だった。小野寺十内の姉が嫁いだ先の大高家に生れ、生家は兄の源吾がつぎ、次男の彼は、叔父にあたる…

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