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御鷹
おたか
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「吉川英治全集・43 新・水滸傳(二)」 講談社
1967(昭和42)年6月20日
初出「オール讀物」文藝春秋、1936(昭和11)年2月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-03-10 / 2014-09-16
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 眼がしぶい、冬日の障子越しに、鵙の声はもう午近く思われる。
 弁馬は、寝床の上に、腹ばいになり、まだ一皮寝不足の膜を被っている頭脳を、頬杖に乗せて、生欠伸をした。
 顔中のあばたが動く。
 煙管を取って、すぱっと一ぷく燻らしながら、ゆうべ打粉を与えて措いた枕元の腰の刀を見ると、さすがに体が緊まって来た。
『――あいつも、寝られなかったに違いない』
 弁馬はこう自嘲すると共に、すぐ明け方の夢の中から、お悦の眸と、角三郎の顔だけを脳膜にぼんやり映し出していた。
 その後頭部と瞼のうえに、鈍いしびれを感じると、弁馬は拳を当てて、
『こんな事では――』
 がばと、筋肉へ張を入れて、刎ね起きた。
 裏へ出て、井戸で含嗽を[#「含嗽を」は底本では「含※[#「口+敕」、213-上-17]を」]していると、
『若旦那、奥で、皆様がお眼ざめを待ちかねて居らっしゃいますよ』
 と、下婢がいう。
 庭の隅で、落葉を焚いている仲間の爺やが、憂わしげに、煙の中から振向いていた。
『皆様とは、誰が?』
『弓町の伯父様』
『それから』
『駒込のお従弟様、まだ他にも、御親類の方がおそろいで』
『何しに来たんだ。親類が首を揃えるような事はないじゃないか』
『御飯を、どうぞ』
『飯。――今朝はいらん』



『――修業して来い、両三年』
 突然、父の新五左衛門が、親類一同の相談を突きつけて、こう伜の弁馬に申し渡すのであった。
『甘やかして育てたわしが、誰よりも悪い。然し、貴様もまだ二十四、今からでも遅くあるまい。お役向きのほうは、一切、従兄弟の小平太が済ましてくれるという。今日からでよいのだ、すぐ立て』
 弁馬は、あばたの為に、人いちばい厚ぼったい唇に不平を示して云った。
『どこへですか』
『馬鹿』
『何が、馬鹿で』
『わからんか、伯父御、叔母御まで、こうして貴様の為に――いや家名の為にだ――案じてお居でられる事が』
『わからない!』弁馬は、父の前の煙草盆を、自分の膝へ引っぱり寄せて、
『――眼をさますと、いきなりここへ来い、ここへ来ると、又唐突に修業に出ろ。――わかる筈はない』
 新五左は、唇へ歯を当てて、
『これじゃよ! 何うもならん』
 と、隣りの老人へ匙を投げていう。弓町の旗本に用人をしている伯父である、寒いのでかじかんでいる手を、先刻から火鉢にもかけず、膝に節を立てて、弁馬を睨めつけていたが、
『これ。――これこれ、何を云うかおまえは。黙って、三年ばかり他国へ行って、他藩のお鳥見小屋へ御奉公してこい。生涯の薬だ』
『中里お鳥見組の役を勤めるには、弁馬は、未熟だと仰っしゃるので』
『いや、御鷹をあつかわせては、黄瀬川弁馬は、一人前じゃろう。――だが、まるで貴様は、世間を知らんじゃないか。父が、こうして有らっしゃるうちはいいが、貴様が黄瀬川家をつぐとなったら後々が思いやられるの…

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