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禁断の死針
きんだんのししん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「野村胡堂伝奇幻想小説集成」 作品社
2009(平成21)年6月30日
初出「講談倶楽部」1929(昭和4)年9月
入力者門田裕志
校正者阿部哲也
公開 / 更新2015-09-01 / 2015-05-25
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「旦那様、これは又大した古疵で御座いますが、――さぞ、お若い時分の、勇ましい思い出でも御座いましょう」
「いや、そう言われると恥かしい、後ろ傷をと言うわけでは無いが、相手の刃物が伸びて、腰車を妙に背後へかけて斬られて居るから、人様の前でうっかり肌を脱ぐと、飛んだ変な目で見られることがある――」
 本所割下水に住んで居る、浪人者の原口作左衛門、フト呼び入れた年若い按摩に、腰骨へ斜に残った古疵を見付けられて、思わず赤面いたしました。年配五十左右、浪人とは言い乍ら裕福な暮しで、ツイ傍には、若い美しい妾のお元が、手廻しよく寝酒の世話をして居ようという、まことに気のきいた寸法です。
「いずれ果し合いとか、山賊退治とか、これに就ては面白いお話が御座いましょう、お差支が無かったら、お聞かせ下さいませ」
「ついぞ人に話した事も無いが、今ではもう言ってしまっても差支はあるまい、実は斯うしたわけ――」
 原口作左衛門、気楽な心持で、ツイすらすらと口を滑らしてしまいました。
「今からザット二十年前、奥州仙台に武芸の道場を構えて居る頃、同じ町内に住んで居る、これも道場の持主、佐分利流の槍をよくした某と言うものと仲違いをした。
 元はと言えば門弟共の啀み合いからであったが、互に若気の至り、引くに引かれぬ意地ずくになって、出逢い頭に果し合いをしてしまったものだ。その時受けたのが此疵――、尤もこれだけ斬られると一緒に、拙者の刀は相手の肩口から乳の下へかけて、袈裟掛けに斬り下げたから、この勝負は拙者の勝ちで、疵を受け乍らも、見事に相手を討ち果して退散したものだ、いやはや、若い時の事は、思い出しても冷汗が流れる――」
 と言うのを聴いて、若い按摩はサッと顔色をかえました。が、後ろ向になって、腰の辺を揉ませて居りますから、原口作左衛門は少しも気が付きません。
「相手の槍術の先生というのは、何んと言う方で御座いましょう」
「忘れもしない、磯見要と言ったよ」
「すると、旦那は、若しや黒沢岩太郎様と仰しゃいませんか」
「エッ」
「いえ、驚きになるには及びません。実を申せば私も仙台の生れ、幼少の折、旦那様と磯見様との果し合いの話は承って居ります」
「そうか、――お前も仙台の生れか――」
「ヘエ、旦那様が道場を構えなすった、片町の河岸っぷちで生まれましたが、流れ流れて江戸へ参り、人様の足腰を揉まして頂いて、斯う細々と暮して居ります」
「そうかい、いや、世の中は広いようで狭い、うっかりした事は出来ないな」
「ヘッヘヘヘ」
 黒沢岩太郎の原口作左衛門は、改めて按麿の顔を見詰めましたが、両眼全く潰れた、見る蔭もない若い按摩で、別に害意があろうとも思われません。うっかり口を滑らして、あわてた自分の態度が疎ましいような気がして、ツイ按摩の顔から眼を外らして、フッと口を緘んでしまいました。
「旦那様エ」
 暫らくし…

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