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奇談クラブ〔戦後版〕
きだんクラブ〔せんごばん〕
副題09 大名の倅
09 だいみょうのせがれ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「野村胡堂伝奇幻想小説集成」 作品社
2009(平成21)年6月30日
初出「月刊読売」1947(昭和22)年7月
入力者門田裕志
校正者阿部哲也
公開 / 更新2015-03-27 / 2015-02-22
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

プロローグ

 その夜の話し手遠藤盛近は、山羊[#挿絵]の萎びた中老人で、羊羹色になった背広の、カフスから飛出すシャツを気にし乍ら、老眼鏡の玉を五分間に一度位ずつの割りで拭き拭き、見掛けに依らぬ良いバリトンで、こう話し始めました。
「私の話はさしたる奇談ではありませんが、旧式の道徳観からすれば少しく途方も無いのです。旧い秩序と常識を尊ぶ方々からは、甚だ喜ばれないかも知れず、これだけの資料はあり乍ら、旧制度の日本では、発表の出来なかった筋で、よい歳をした私が、壇の上に立って申上げるのは、聊か照臭い話ではありますが――批判は皆様にお任せするとして、兎にも角にも御披露申上げたいと思うのであります」
 訥々たる調子ですが、思いの外の雄弁で、妙に聴く者の好奇心を焦立たせます。
「山の中から妖精のような美人を獲た話、――外国の伝説にはよくある筋ですね。仏蘭西近代音楽の巨匠ドビュッシーの歌劇『ペレアスとメリサンド』などはその代表的なもので、メリサンドの妖しい美しさは、ドビュッシーの素晴らしい音楽――モネーの絵のような音楽を通して、私共をすっかりやるせない心持にしてしまいます」



 話は最初から脱線してしまいましたが、時は宝暦七年の初秋、――今から百九十年も前のことですが、濃州郡上の郷八幡城三万八千八百石の城主、金森兵部少輔頼錦の御嫡、同じく出雲守頼門後に頼元が、ほんの五六人の家臣を召連れて、烏帽子岳に狩を催した時、思わぬ手違いから家来共と別れ、たった一人、烏帽子岳の深林地帯深く迷い込んでしまったことがありました。
 この時頼門は二十九歳、絵に描いたような良い男であったということであります。微行とは言っても、三万八千石の大名の御曹司で出雲守と任官している位ですから、裏金の陣笠、地味ではあるが緞子の野袴、金銀の飾目立たぬほどにこしらえた両刀など、さすがに尋常ならぬものがあります。
 時刻はもう夕刻近かったでしょう、毘沙門岳の方は夕映に染って、烏はもう塒に帰りますが、一度失った道は容易のことでは見付かりません。
 密林は一歩一歩濃くなるばかり、幾百年の落葉の腐った大地は、深い毛氈のように足音を呑んで、時々猿酒の匂うのさえ、浮世離れのした物すさまじさを感じさせるのでした。
 最初深林に踏み入った時、左右両方から聞えて来た鳥の声に誘われて、僅かばかり召つれた家臣は、二人、三人と散ってしまい、最後に残った二三人は、道を求めて麓と覚しき方へ下ったり、仲間の声をたよりに連絡のために主君の側を離れたり、気のついたときは、出雲守頼門たった一人、薄暗い密林の中を、山蛭に悩まされたり、蛇に脅かされたり、半ば夢心地で、フラフラと歩いているのでした。
「やい、やい、――少し待ちなよ」
 後ろからぼんのくぼを撫でるような声を掛けられて、頼門はハッと立止りました。
「待ちなよ、若えの、いやさお侍」…

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