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奇談クラブ〔戦後版〕
きだんクラブ〔せんごばん〕
副題16 結婚ラプソディ
16 けっこんラプソディ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「野村胡堂伝奇幻想小説集成」 作品社
2009(平成21)年6月30日
初出「月刊読売」1947(昭和22)年12月
入力者門田裕志
校正者阿部哲也
公開 / 更新2015-04-17 / 2015-03-30
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

プロローグ

「さて皆様、私はここで、嘘のような話を聴いて頂きたいのであります。話の真実性については、皆様の御判断に任せるとして、兎も角も、これは決して嘘ではないということだけは、当夜の盛大な結婚式に列席した方々は、証明して下さることと思います」
 話し手の小塚金太郎は、斯んな調子で始めました。名前はひどく世俗的で、手堅い商人かなんかのように響きますが、実はまだ若い作曲家で、と申しても近頃流行の流行歌の作曲者ではありません。芸術的で高踏的で、そして恐ろしく難解な曲をモリモリ作って、一部の人から騒がれている才人ですが、その小塚金太郎が物々しい枕を置いて、一体何を話そうというのでしょう。
「私は本当の音楽というものは、どれほど偉大な力を持っているかということに就てお話したいのであります。尤も昔から日本にも外国にも、音楽の奇蹟物語は、数え切れないほど夥しく伝えられておりますが、それは九十九パーセントまでは嘘八百で、信ずるに足るものは一つも無いと言ってよいのです。ところで、私がこれからお話しようとしていることだけは、私ばかりでなく、当夜の結婚式に列席した、二百何十人かの人が経験したことであり、決して神話や伝説の比ではありません。私は幾人かの友人達の迷惑を顧みず、この席上で発表しようと決意したのは、本当の音楽の力というものを、解って頂いた上に、私の親友――深沢深君の偉大な天才と、その悲しき前生涯を知って頂きたいためであります」



 左近倉平――この名前を聞いただけで、皆様はあああの男かと仰しゃるでしょう。左近倉平こそは、まことに世界的に知られた日本人の一人で、その数多い作曲のうちでも、優れたものの二つ三つ、例えば「お江戸ファンタジー」や「にっぽんシンフォニー」などは、早くも世界の音楽界に紹介され、日本にもこれだけの優れた大芸術があるかと、世界の音楽批評家を驚かしたという嬉しいニュースは、皆様もよく御存じのことと思います。
 西洋音楽の手法を完全にマスターして、それに日本的な情緒を盛るということは、随分早くから企てられ、野心的な作曲家によって幾度か試みられましたが、思い付はさることながら、これがどうかすると安価な和洋合奏の化物になったり、お刺身にバタを塗って喰べるような変哲もないものになって、明治の中期から今日に至る半世紀の間に、佳作と見るべき小品、僅かに二三を算えるに過ぎなかったのであります。
 日本という国は、ボヘミアのドヴォルシャークや、フィンランドのシベリウスや、露西亜のムソルグスキーのような、本当の国民音楽家は、永久に現われないものだろうか、心ある人は歎きも悲しみもしておりました。当時の日本は軍艦の数や鉄砲の数ばかりを誇りとして、国民の血と肉とを盛った大芸術の出現しないことを、あまり淋しいとも思わなかったのです。
 ところが、音楽界の長老で、日本の誇りと…

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