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夏と少年の短篇
なつとしょうねんのたんぺん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「夏と少年の短編」 東京書籍
1992(平成4)年10月7日
初出私とキャッチ・ボールをしてください「野性時代 第19巻第6号」角川書店、1992(平成4)年6月号<br>あの雲を追跡する「野性時代 第18巻第10号」角川書店、1991(平成3)年10月号<br>which 以下のすべて「野性時代 第18巻第5号」角川書店、1991(平成3)年5月号<br>永遠に失われた「野性時代 第15巻第12号」角川書店、1988(昭和63)年12月号<br>エスプレッソを二杯に固ゆで卵をいくつ?「野性時代 第19巻第5号」角川書店、1992(平成4)年5月号
入力者高橋雅康
校正者関戸詳子
公開 / 更新2013-07-07 / 2015-04-15
長さの目安約 180 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

[#ページの左右中央]

私とキャッチ・ボールをしてください




[#改ページ]

 金曜日の午後、高等学校からの帰り道、いつも乗る私鉄の十二両連結の電車のなかほどの車両から、三年生の伊藤洋介はプラットフォームに降りた。どの車両からも、何人かの乗客が、それぞれになぜか疲労した様子で外へ出てきた。線路をむこうへまたぐ木造の建物が、プラットフォームの端にあった。誰もがそこにむけて歩いた。
 歩きながら伊藤洋介は空を仰いだ。梅雨のあいまの曇った日だった。空は均一に灰色だった。空を見渡したあと、彼はふとふりかえった。おなじクラスの女性が歩いて来るのを、洋介は見た。遠山恵理子という名の女性だった。
 洋介の視線が彼女の目と合った。恵理子は淡く微笑した。いつ見ても静かに落ち着いた雰囲気を保っている、聡明そうな美少女だ。洋介は立ちどまった。恵理子を待った。そしてふたりは肩をならべて歩いた。恵理子と洋介はおなじ背丈だった。
 発車した電車は駅を出ていき、すぐむこうにある一級河川にかかる鉄橋にむけて、走り去った。
「いつもここで降りるの?」
 洋介がきいた。
「そうよ」
「知らなかった」
「私は知ってたわ」
「どうして?」
「何度も見かけたから」
 木造の建物の階段を、ふたりは上がっていった。線路を越え、反対側の階段を降りた。駅の北口からふたりは外へ出た。
 洋介が母親とふたりで住んでいる部屋のある建物まで、駅から歩いて十分かからなかった。部屋のある位置を洋介は恵理子に説明した。恵理子も家の場所を教えた。ふたりが住んでいる場所は、歩いて五分ほどの距離だけ離れていることが、おたがいにわかった。
 駅前から続いている商店街を、ふたりは抜けていった。やがて正面にT字交差が見えた。
「あそこを僕は右へいく」
 と洋介は言った。
「私は左です」
 恵理子が答えた。そして、
「川へいってみましょうよ」
 と、彼女は言った。
 ふたりはT字交差を右へ曲がった。住宅地のなかを道なりにまっすぐいくと、やがて川の土手が正面に見えた。その高い土手に造ってある階段を上がった。
 土手の道に立つと、川幅が広いところで三百メートルはある川のぜんたいを、左右へ視界いっぱいに見渡すことができた。都市部を流れる川の平凡な光景が、その視界のなかに続いていた。
 土手の上の道をふたりは川下にむけて歩いた。このあたりの川原は国が管理する公園施設となっていた。粗末なバックネットの立つ野球のグラウンドがふたつ、土手に沿ってならんでいた。手前のグラウンドでは、会社勤めに見える人たちが、試合をおこなっていた。隣りのグラウンドに人はいなかった。
 恵理子と洋介は立ちどまって試合を見た。
「練習試合だね」
 洋介が言った。
 恵理子は洋介に顔をむけた。彼の横顔を見てひと呼吸だけ置き、
「野球の選手だったのですって?」
 と…

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