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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題017 赤い紐
017 あかいひも
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(二)八人芸の女」 嶋中文庫、嶋中書店
2004(平成16)年6月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1932(昭和7)年8月号
入力者山口瑠美
校正者noriko saito
公開 / 更新2016-11-08 / 2016-10-28
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 神田祭は九月十五日、十四日の宵宮は、江戸半分煮えくり返るような騒ぎでした。
 御城内に牛に牽かれた山車が練り込んで、将軍の上覧に供えたのは、少し後の事、銭形の平次が活躍した頃は、まだそれはありませんが、天下祭または御用祭と言って、江戸ッ児らしい贅を尽したことに何の変りもありません。
 銭形の平次も、御多分に漏れぬ神田ッ子でした。一と風呂埃を流してサッと夕飯を掻込むと、それから祭の渦の中へ繰り出そうという矢先、――
「親分、た、大変」
 鉄砲玉のように飛込んで来たのは、例のガラッ八の八五郎です。
「ああ驚いた。お前と付き合っていると、寿命の毒だよ。また按摩が犬と喧嘩しているとか何とか言うんだろう」
 そう言いながらも平次は、大して驚いた様子もなく、ニヤリニヤリとこの秘蔵の子分の顔を眺めやりました。
 全くガラッ八は、少し調子ッ外れですが、耳の早いことは天稟で、四里四方のニュースは、一番先に嗅ぎ付けて来てくれます。
「そんな馬鹿な話じゃねえ、正真正銘の大変だ、親分驚いちゃいけねえ」
「驚きもどうもしないよ」
「金沢町のお春――あの油屋の一粒種の小町娘が、夕方から見えなくなって大騒ぎだ。ちょいと行ってみてやっておくんなさい」
「馬鹿だな。お前は。三日も帰らなきゃア騒ぐのももっともだが、夕方から見えなくなったのなら、まだ一と刻とも経っちゃいめえ。今頃は雪隠から出て手を洗っているよ、行ってみな」
 平次は相手にもしませんが、どうしたことか、ガラッ八は妙に絡み付いて動きません。
「ところが、町内中の雪隠も押入もみんな探したんだ」
「何だってそんな大袈裟なことをするんだ」
「だから大変なんだ、親分、お春坊は二日ばかり前から、――祭の済むまでには、私はキッと殺されるだろう――って言っていたんだそうだ」
「えッ」
「そればかりじゃねえ、日が暮れて間もなく、誰か男の人がお春の厭がるのを無理に引っ張って、聖堂裏の森ん中へ入ったのを見た者があるんだ」
「誰が見たんだい」
「困ったことに町内の樽御輿を担いでいる小若連中の一人だが、お祭へ夢中になっているから、その男の人相を突き止めなかった。お揃いを着て、手拭で頬冠りをしていたことだけは確かだが――」
「よし、行ってみよう。お春坊は無事平穏に生きながらえるにしちゃ少し綺麗過ぎらア、こいつはなるほど、臭い事があるかも知れないよ」
 平次はガラッ八を促し立てて、一と走り金沢町へ、何やら第六感をおののかせながら飛んで行きました。
 金沢町の油屋の一人娘お春というのは、今年十九の厄、あまり綺麗過ぎるのと、美人にありがちの気位の高いのが災して、その頃にしては縁遠い方でした。もっとも、早くから許した仲の男があるとも言われ、とにかく、噂の種の尽きない性質の娘だったのです。



 平次が金沢町へ駆け付けた時は、もう行列を揃えて、近辺を練り廻…

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