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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題052 二服の薬
052 にふくのくすり
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(二)八人芸の女」 嶋中文庫、嶋中書店
2004(平成16)年6月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1936(昭和11)年6月号
入力者山口瑠美
校正者結城宏
公開 / 更新2017-08-31 / 2017-09-13
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 銭形平次の見ている前で、人間が一人殺されたのです。それをどうすることも出来なかった平次、この時ばかりは、十手捕縄を返上して、番太の株でも買おうかと思った事件、詳しく話せば、こうでした。
「親分、今年の花見は町内に忌引や取込みがあって、ろくな工夫もなかったが、その代り川開きの晩は、涼み船を出して、大川を芸尽しで漕ぎ廻そうという寸法さ。お役目を抜きにして、その晩は一と肌脱いじゃあ貰えませんか」
 浜田屋の隠居が口を切りました。集まったのは、町内でお祭騒ぎの好きなのが十五六人。その席へわざわざ平次を呼んだのは、大概のことは大目に見て貰い、話の都合では、何か一と役受けさせようという魂胆だったのです。
 浜田屋喜平というのは、町内の紙屋の隠居で、気儘に遊びたいばかりに、婿の儀八に身上を譲ったという変り者。五十歳の、恐ろしく気の若い小意気な男でした。
「それは結構だが、――私ではお燗番の足しにもなりませんよ」
 平次は尻ごみしました。芸達者の中へ立交って、ニタニタして暮す半宵は、あまり楽な付合ではなかったのです。
「でも、親分が居なさると若い者も何となく気が緊っていい。迷惑でしょうが、町内付合だと思って涼み船の人数に入って下さい」
「それはもう、喜平さん」
 平次は嫌とも言えません。
 それから酒が始まって、趣向が一とわたり凝らされると、日が暮れる頃から一人二人と帰って、酉刻(六時)過ぎまで隠居所に残ったのは、たった六人だけでした。
 涼みの相談などは、一向気が乗らなかったので、平次は何べんか帰ろうとしましたが、隠居の喜平は折入って智恵を借りたいことがあるから、皆んなの帰った後まで残るように――と再三頼み込むので逃げも隠れもならず、ほろ苦い杯を嘗めております。
「喜平さん。今度は腰が痛いの、筋がつるのとは言わせませんよ。船は大きいし、酒はふんだんに積込むし、三味線は申分がないし、踊って踊って、踊り抜いて貰いますよ」
 小間物屋の主人――田原屋仁三郎はこんな事を言うのでした。これは四十七八、世帯の苦労はしておりますが、喜平に劣らぬ愛嬌者で、若い時分から無二の間柄です。
「それがいけないんで、仁三郎さん。お互に年は取りたくないネ。持病の疝気が嵩じて、近頃は腰も切れない始末さ。気ばかり若くたって、もういけねえ」
 喜平は酒が廻るにつれて痛くなった腰を叩きながら、恐ろしく苦い顔をして見せます。
「それはお困りだろう。私のところに、長崎から和蘭の小間物を取寄せるついでに、疝気寸白の妙薬を取寄せたのがあるが、それを少しばかりお裾分けをしようかな。家の婆さんの寸白は、たった一服で治って、びっくりしているんだが」
 仁三郎の話は、病人には恐ろしい魅惑でした。
「そいつは耳寄りだね。一服譲っちゃ下さるまいか」
「いいとも。南蛮秘法の疝癪一服薬というのだが、――帰ったらすぐ使いの者…

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