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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56217
副題029 江戸阿呆宮
029 えどあほうきゅう
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(五)金の鯉」 嶋中文庫、嶋中書店
2004(平成16)年9月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1934(昭和9)年6月号
入力者山口瑠美
校正者noriko saito
公開 / 更新2017-11-16 / 2019-11-23
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 江戸開府以来の捕物の名人と言われた銭形平次も、この時ほど腹を立てたことはないと言っております。
 滅多に人間を縛らぬ平次が、歯噛みをして口惜しがったのですから、よくよくの事だったに相違ありません。
「親分、また神隠しにやられましたぜ」
 ガラッ八の八五郎が飛込んで来たのは、初夏の陽が庇から落ちて、街中に金粉を撒いたような、静かな夕暮でした。
「今度は誰だ」
 平次は瞑想から弾き上げられたように、火の消えた煙管をポンと叩きました。
「石原町の日傭取の娘お仙と駄菓子屋の女房のおまき、それから石原新町の鋳掛屋の娘おらく――」
「三人か」
「三人は三人でも、今度のは一粒選りだ。ピカピカ後光の射すのをさらわれて町内の若い者は気違いのようになっていますぜ。殺生な真似をする野郎じゃありませんか」
「野郎だか怪物だか見当が付かねえから弱っているのさ、とにかく行ってみよう」
 平次は短い羽織を引掛けると、ガラッ八の八五郎を案内に、本所へ飛んで行きました。
 神隠し騒動――と言われたこの事件は、平次捕物のうちでも極めて重要な事件で、詳しく書くと長大な一編の小説になりますが、要点だけをかい摘むとこうでした。
 去年の暮頃から、御府内の美しい娘が、一人二人ずつ行方不明になります。
 最初のうちは駆落が流行るとばかり思い込み、娘を失った親や、若い女房に逃げられた夫は、内々心当りを捜しておりましたが、何の手掛りもないばかりでなく、不思議なことに、行方不明になるのは女だけで、男の方には一人も間違いがありません。
 年を越すと、その傾向はますます激しくなって、とうとう毎月三人四人と大量の行方知れずがあるようになりました。
 若い美しい女ばかり、声も立てず、形も残さず、描いたものを拭き消すように行方知れずになるのですから、江戸中の不安は募るばかり、そのうち誰ともなく――神隠しだと言い始めると、この宿命的な妖神の悪戯に対して、町人達――わけても美しい娘や女房を持った人々は、本当に顫え上がってしまいました。
 そんな馬鹿な事があるものか――と江戸の御用聞手先は、一斉に奮起しましたが、足跡一つ残さず、コトリと音も立てずに、若くて美しい娘達をさらって行く手際は、全く人間業とは思われません。
 こうして銭形の平次が登場するまで、江戸の娘達が三十人も姿を隠したでしょう。
「親分、こいつは諦めものかも知れませんよ。銭形の親分に三月越し塩を舐めさせて、影法師も掴ませねえんだから」
 ガラッ八は遠慮のないところをズケズケやります。
「…………」
「神隠しじゃ平次親分でも歯が立たねえ」
「馬鹿野郎、若い綺麗な娘ばかり隠すような神様があるものか」
「へッ」
「人間の仕事だよ、それもとんでもねえ悪党だ」
 平次とガラッ八は、そんな事を言いながら、一応石原の利助を訪ね、利助の娘のお品と一緒に、改めてお仙とおま…

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