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嘘言と云ふことに就いての追想
きょげんということについてのついそう
作品ID56235
著者伊藤 野枝
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」 學藝書林
2000(平成12)年5月31日
初出「青鞜 第五巻第五号」1915(大正4)年5月1日
入力者門田裕志
校正者雪森
公開 / 更新2014-12-26 / 2014-11-14
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 嘘言を吐くと云ふことは悪いことだと私達はずつと小さい時から教へられて来ました。これは恐らく一番いけないことに違ひはありません。けれど私たちが今迄過ごして来たいろ/\なことについてふり返つて考へて見ますとき、私は何れの場合に於ても私の真実は恐らく――それが複雑であればある程、また心理的に傾く程、――一つも受け入れては貰へなかつたにもかゝはらず、私の虚偽は深ければ深い程都合よく受けられました。それは本当に偽りのない、真実な心として。
 私の単純な幼い心は、たゞ一途に年長者たちに受け入れられると云ふことですべては打ち消されて何の不安も罪悪も感じませんでした。けれども刻々に変化してゆく私の心はだん/\にそれ等のことに向つて目をみはつて来ました。私がぢつと自分の嘘を用ゐることについて見てゐて一番に見つけ出したことは、具体的な事柄について嘘を吐いたときにはそして、それが悪気のない一時のごまかしであればある程最も多くの叱責をうけました。しかしそれにしても、だん/\にずるくなつて来て嘘に技巧を用ゐるやうになれば大方はそれが現はれないですんで仕舞ひます。まして気持の上の偽はりとか何とかになりますと殆んど何の問題にもならず他人の目にもふれずにすんでしまひます。もしそれを強ひて正直に人に説明しやうとでもするが最後それは全く飛んでもない誤解をうけて思ひがけない結果をもたらします。
「正直でなくてはならない。」と口癖に云つてゐる人々が不思議に正直でばかりはゐませんでした。私が大人と云ふものゝつまらない叱責や何かを受けたくない為めに嘘をこしらへて云ふのには自分ながら本当にわるいと云ふことを自覚してゐました。しかし、大人の嘘を見出す為め「手段の為め」の嘘は許さるべきものだと段々深く思ひ込むやうになりました。けれども他の嘘はめつたに吐いたことはありませんでした。大人の嘘をわるいともきたないとも思つたことはありませんでした。けれどもそれは私がたしか、十四の時だと思ひます。私にとつては恐らく一生涯忘れることの出来ない事がありました。大人の汚い心をまざ/\と見せつけられました。私の小さい心は怒りと驚きにふるへました。私はそのとき大人の醜い偽りと疑ひを知りました。私は十四になる迄にはかなり他の人たちの少女時代よりも複雑な境遇を経て来ました。けれども私は随分単純でした。私たちの尊敬する学校の先生たちが勿論私たちにいろんなことをおさとしになる程何処も彼処もとゝのつた人だとは信じはしませんけれどもまさかに、そんなにも度はづれな疑ひやあとかたもないうそをついて生徒をいぢめるなどとは全く思ひもよらないことでした。

 私が故郷の高等小学校の四年のときでした。私は、四年の十一月に長崎の学校から転じて来ましたので其処の田舎の学校の質素な所謂校風にはまだまるきりなれてゐませんでした。それにそれ迄ゐた長崎の学校の…

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