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雨の玉川心中
あめのたまがわしんじゅう
副題01 太宰治との愛と死のノート
01 だざいおさむとのあいとしののーと
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「雨の玉川心中」 真善美研究所
1977(昭和52)年6月13日
入力者江村秀之
校正者酒井和郎
公開 / 更新2017-06-19 / 2017-06-23
長さの目安約 133 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#ページの左右中央]



愛してしまいました。先生を愛してしまいました。

三月二十七日〜十月十七日

[#改丁]

三月二十七日

 今野さんの御紹介で御目にかかる。場所は何と露店のうどんやさん。特殊な、まあ、私達からみれは、やっぱり特殊階級にある人である――作家という。流説にアブノーマルな作家だとおききしていたけれど、“知らざるを知らずとせよ”の流法で御一緒に箸をとる。“貴族だ”と御自分で仰言るように上品な風采。

 初めの頃は、御酒気味な先生のお話を笑いながら聞いていたけれども、たび重ねて御話を伺ううちに、表情、動作のなかから真理の呼び声、叫びのようなものを感じて来るようになった。私達はまだ子供だと、つくづく思う。
 先生は、現在の道徳打破の捨石になる覚悟だと仰言る。また、キリストだとも仰言る。――「悩み」から何年遠ざかっていただろうか。あのときから続けて勉強し、努力していたら、先生のお話からも、どれほど大切な事柄が学ばれていたかと思うと、悲しい。こうしてお話を伺っていても漠然としか理解できないことは、情けない。
 千草で伺った御言葉に涙した夜から、先生の思想と共になら、あのときあの言葉ではないけれども――「死すとも可なり」という心である。
 聖書ではどんな言葉を覚えていらっしゃいますか、の問いに答えて私は次のように答えた。「機にかなって語る言葉は銀の彫刻物に金の林檎を嵌めたるが如し」。「吾子よ我ら言葉もて相愛することなく、行為と真実とをもてすべし」。新聞社の青年と、今野さんと私とでお話したとき、情熱的に語る先生と、青年の真剣な御様子と、思想の確固さ。そして道理的なこと。人間としたら、そう在るべき道の数々。何か、私の一番弱いところ、真綿でそっと包んででもおいたものを、鋭利なナイフで切り開かれたような気持ちがして涙ぐんでしまった。
 戦闘、開始! 覚悟をしなければならない。私は先生を敬愛する。

四月三十日

 まだ、ついこの間御逢いしたと思っていたのに、もう一カ月経ってしまうとは。初めの頃は御一緒に席についていても手持ち無沙汰で、先生のおタバコばかり喫っていたせいか、大変に数を喫うようになってしまった。指先が黄色くなるのを気にしているけれども、かさねては敵わない。
 先生の性格から一番強く感じられるのは、優しさと、寂しさである。何故か知らない。
「なんじ断食するとき頭に油をぬり顔を洗え、苦しみは誰にだってあるのだ。ああ、断食は微笑と共に行え。せめてもう十年努力してから、そのときは真に怒れ。僕はまだ一つの創造さえしていないじゃないか」

五月一日

“単なる友達として異性と遊ぶことすら、現代の若人にはできない。幸せを得ることを知らない”――これは二週間ほど前の頃であったろうか、津軽の故郷から、御上京なさった御親戚の青年お二人と、御一緒に御逢いしたとき…

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