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黒部峡谷
くろべきょうこく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「山の憶い出 下」 平凡社ライブラリー、平凡社
1999(平成11)年7月15日
初出「東京朝日」1919(大正8)年11月
入力者栗原晶子
校正者雪森
公開 / 更新2014-07-17 / 2014-09-16
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

立山山脈と後立山山脈

 地質学者の説に拠ると、今日普通に日本北アルプスの名で広く世に知られている飛騨山脈は、凡南十度西より東十度北即ち南南西から東北東に向って並走して居る数条の連脈から成っているということである。さもあらばあれ高い山のみを渇仰の標的として、峰から峰へと縦走する気儘な山岳の巡礼は、勝手に是等の山脈を二にも三にも胴切にして、低い山はそれが主脈であっても、草鞋の先に突懸った石ころのように惜気もなく投げ棄て、高い尾根と尾根とを都合の好いように接ぎ合せたり結び付けたりして、出来るだけ高いそして出来るだけ長い山脈にしようとする。私がここに立山山脈といい後立山山脈というのも、少しは斯うした勝手な真似がしてあることを断って置きたい。
 槍ヶ岳の西の肩から北西に曳いた西鎌尾根が、其名の如く薄っぺらな山稜の上に、目まぐるしい程多くの岩の瘤を突起させているのに反して、同じ尾根続きでありながら、双六岳や其北の蓮華岳一名三俣岳は、幅の広いそして丸味を帯びた穏かな山容と変っている。ぐるり周囲を取り巻いた壮年期の山岳の中に在りて、此二山を中心とせる附近の地貌は、のんびりした気持で頂上を歩いている登山者に、或は山がまだ幼年期にさえ達していないのではあるまいかとの感を抱かせるのも面白い。飛騨山脈の主脈はこの蓮華岳から釵の股のように二つに岐れて、東と西とに対峙した高大な連嶂が相並行して南北の方向に長く続いている、西に在るのが立山山脈で、東に在るのが後立山山脈である。
 立山山脈は、其脈中に古来からの名山であり、且槍ヶ岳以北に在りては三千米を超えている唯一座である立山を有する為に名付けたもので、立山が此山脈の最高峰であり、三千米以上の高距を有することは疑いを容れない(立山の三角点は標高二千九百九十二米であるが、雄山は夫よりも十四、五米高く、大汝は更に五米程高い)。唯惜しいことには、山脈の北半が南半に比して甚しく振わないのは残念である。黒部五郎岳(中俣岳)・薬師岳・立山・劒岳を有する南半が最高三千余米、最低二千百二十米、平均二千六百米以上の高度を維持しているに拘らず、北半は殆ど三千米の劒岳から急転直下して二千三百八十七米の白兀となり、直径一里に足らざる距離の間で六百米余も低くなっている。白兀の北の毛勝山は二千四百米を抜いてはいるが、其北の駒ヶ岳になると毛勝山より更に四百米も低い。そして駒ヶ岳の余脈は千八百五十五米の僧ヶ岳から千二百七十四米の烏帽子山となり、内山村から西に折れてここに平凡な一帯の丘陵と化し、日本海岸の三日市町附近に終っている。若しこれが後立山山脈のように日本海の間近に迫っても、尚お千米以上の高度を失わないならば、其壮観は今日に倍するものがあろう、甚だ遺憾である。
 立山山脈に較べると後立山山脈は、高さに於て略ぼ釣合の取れた長大な山脈を成している。試に鷲羽ヶ岳から白馬…

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