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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56367
副題093 百物語
093 ひゃくものがたり
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十)金色の処女」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年2月20日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2017-10-12 / 2019-11-23
長さの目安約 34 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 公儀御用の御筆師、室町三丁目の「小法師甲斐」は、日本橋一丁目の福用、常盤橋の速水と相並んで繁昌しましたが、わけても小法師甲斐は室町の五分の一を持っているという家主で、世間体だけはともかくも、大層な勢いでした。
 江戸中に筆屋の数は何百軒あったかわかりませんが、鉛筆も万年筆も無い世の中ですから、これが相当以上にやって行けたわけです。そのうち公儀御用というのが七軒、墨屋が三軒、格式のやかましかった時代で、大抵出羽とか但馬とか豊後とか、国名を許されて、暖簾名にしております。
 先代の小法師甲斐は昨年の春亡くなり、番頭弟子の祐吉が、家付きの娘お小夜と一緒になって家を継ぎました。祐吉は筆を拵えることは下手ですが、何となく才覚のある男で、先輩の番頭理三郎、左太松を抜き、朋輩にも、親類方にも異存がなくて、二十五の若さで主家の跡取りに直りました。
 もっとも、先代小法師甲斐には、甲子太郎という、今年二十八の倅があり、四年前から放埒が嵩じて、勘当同様になっておりますが、先代の実子には相違なかったので、妹のお小夜に婿入りした祐吉は、暖簾名の「小法師甲斐」を継ぐことだけは遠慮しておりました。
 そんな事は、いずれ話の進行につれて判ることです。それより、いきなり事件のクライマックスなる「百物語」のことから、この物語を始めましょう。

「ね、旦那、先代の大旦那が亡くなられてから、もう一年以上経っているでしょう、いつまでも湿々していたって、追善供養の足しになるわけじゃありません。このお盆には一つ、素人芝居でもやって、町内中を陽気にして、うんと人気を引立てようじゃありませんか、憚りながら二枚目と立役には事を欠きませんよ、へエ」
 町内の油虫、野幇間のような事をしている赤頭巾の与作が、こんな調子に煽動したのは、六月の末でした。
「今から素人芝居の仕度じゃ、盆の間に合わないよ、もっと気のきいた、キャッキャッと来るような遊びはないものかね」
 祐吉も満更そんな事の嫌いな柄でもありません。
「キャッキャッと来るのなら、百物語なんかどんなもので」
「何だい、その百物語――てえのは」
「近頃大変な流行りですぜ。行灯を二三十持出して灯心を百本入れ、煌々と明るくした部屋で、怪談を始めるんで。話が一つ済むと灯心を一本引く、十本二十本と灯心を引いて、九十九本引いた後が大変で」
「なるほどね」
「百本目の灯心を引いて真っ暗にすると、何か怖いことがあるという趣向なんで」
「百も怪談をやっていると、夜が明けるよ、天道様のカンカン照るところへ、何が出られるんだ」
 祐吉はすっかりお茶らかしております。
「そこをその、十にするんで」
「フーム」
「百物語という触れ込みで、行灯の代りに燭台を十だけ出して置いて、百目蝋燭を一本ずつ消して行く、九つ目が大変で」
「百物語の代りに十物語でも、お化けが出てくれるかい」

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