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舌を噛み切った女
したをかみきったおんな
副題またはすて姫
またはすてひめ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「犀星王朝小品集」 岩波文庫、岩波書店
1984(昭和59)年3月16日
初出「新潮」1956(昭和31)年1月号
入力者日根敏晶
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-08-15 / 2014-09-16
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 京にのぼる供は二十人くらい、虫の垂衣で蔽うた馬上の女のすがたは、遠目にも朝涼の中で清艶を極めたものであった。袴野ノ麿を真中に十人の荒くれ男が峠路にかかる供ぞろいの一行を、しんとして展望していた。離れ山の洞窟のこの荒くれ男から、少し隔れた切株の上に腰をおろしたわかい女は、なまなましい脚を組んで、やはり山麓をゆく一行を徐に見まもっていた。
「野伏、そちが先に立て。」
 あだ名を野伏ノ勝というわかい男は、もう馬を引き出していた。後は総勢であったが、袴野ノ麿はおれが行かなくともよかろうといった。すると切株の上の女はあたしも行くといい、立ち上った。
「すてはならぬ。」
 何故ならぬと、すて姫は気色ばんでみせたが袴野はこれには応えない、用意した男たちは密林の中にはいると、一瞬の間に姿を消した。袴野は手めがねをして眼を放さないでいる。どうして一緒にやらないのさ、野伏と一緒だからやきを廻しているのねと、すては密林がそよともしない山凪の中でいった。こんな山で女の声が立つ奇異な生なましい感じ、袴野はすてには答えずに、彼女にちかづくと手を引いて、その肩を[#挿絵]いた。余り嫉きすぎるわよ、仕事にも出掛けないであたしに附き切りじゃないの。それも仕様がない、お前は一日ずつ女になって行くばかりで、おれはそのわかさを趁っかけている、おれの外はみなわかい男ばかりだ、殊に野伏はわかい、野伏はお前のそばに寄りたがっているし、お前は焚火の座でも野伏の向う座にすわるようにしている。おれはお前の細かい気づかいを見ていると一日は永く辛い、袴野はすて姫の手を引いて洞窟にはいって行こうとするが、これには、すて姫は少しもいやがりもしなかった。こう諾かなかったらすて姫のこぼれるわかさを、溶きほぐすすべも、なかったからだ。永い愛撫の時が終った。さすがにすてが洞窟の前の明るい広場に立ったときは、その肉体は隙だらけで柔らかく、もみほぐされてほたついていた。
「いまの内に水あびを。」
「皆のいる間は水あびもさせないのね。」
「皆はそれを見たがるからだ、おれは皆にそれを見せたくない、……」
「あんなに沢山にいる男の眼からどうからだを匿したらいいのさ、歩けば足が出る。暑ければ胸が出る。」
 袴野はそれには答えずに、また、手めがねをして眼を旅人の一行から放さない、不思議なことに向うの山峡に突然黒い人間らしい者が、殆どそれは胡麻粒くらいの一行がうごいて、旅人のあとを追うているらしい、向い山のおなじ山稼ぎの貝ノ馬介の追手であった。これは無事に落ち著いても財は二つの山割りか、悪くいけば揉み合いになるに決っていた。袴野は失敗ったと呟いたが、
「すて、あれを見よ。」
「貝ノ馬介ね。貝はお侍だというじゃないの。」
「もとはみな侍なのだ、貝はお前を狙っている。」
 袴野はにわかに自分の装束をつけはじめ、すてはそれに手伝った。五十二歳に…

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