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日本名婦伝
にほんめいふでん
副題静御前
しずかごぜん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「剣の四君子・日本名婦伝」 吉川英治文庫、講談社
1977(昭和52)年4月1日
初出「主婦之友」昭和15年5月号
入力者川山隆
校正者雪森
公開 / 更新2014-09-12 / 2014-09-16
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 義経はもろ肌を脱いで、小冠者に、背なかの灸をすえさせていた。
 やや離れて、広縁をうしろにし、じっと、先刻から手をつかえているのは、夫人の静の前であった。
 八月の真昼である。
 六条室町の町中とは思えぬほど、館は木々に囲まれている。照り映える青葉の色と匂いに室内も染りそうだった。
 ――が、静にとって、気になるのは、二十九という良人の若い肉体まで、そのせいか翡翠を削ったように蒼く見えることだった。
「…………」
 蝉の声ばかりであった。小冠者は細心に、主君の肌へ火を点じていた。
 義経は、熱いともいわず、身もだえ一つしなかった。けれど、見ている静のほうが、その一火一火に、骨のしんまで灸かれるような怺えに締めつけられていた。
(――お熱くはないのかしら)
 と疑うように、小冠者はそっと、主君の肩ごしにその顔をのぞいてみた。
 やはり彼とて熱いには違いない。義経は、眼をふさぎ、奥歯をかんで、鼻腔でつよい息をしていた。
 ――と。ふいに、義経は、
「静」
 と振向いて、さっきから返辞を待っている妻へ、こう云った。
「通せ、景季を。――会ってやろう」
「えっ……。では、お心を取直して」
「そなたにも、また家臣たちにも、そう心配かけてはすむまい。……今は何事も忍の一字が護符よ。この九郎さえ忍びきればお許らの心も休まろう。――通せ、ここでよい。義経が仮病でないことも、景季の眼に見せてくりょう」



 宇治川の合戦に、名馬摺墨に乗って聞えを取り、その後、頼朝にもお覚えのよい梶原景季であった。
 その頃は、義経の幕下であったが、今日は、鎌倉殿の権力を、背に負っている使者で来たのである。
「異な臭い……。これはまた、何のけむりか」
 景季は、そこへ坐るなり、天井を見まわして、訊ねた。義経は、脇息に倚って、苦笑しながら、灸をやいていたところ故と答えると、
「そうそう、先頃から、何度訪ね申しても、御病中とのみで、追い返されたが――時に、御容態はいかがでござりますな」
「景季。おん身は、義経が会わぬのは、仮病ならんと、家人へ云われたそうなが、篤と、この灸の痕を見られよ」
 と、襟をはだけて示し、
「兄頼朝へ、其方どものそうした邪推や偏見を、そのまま伝えてくるるなよ、先にも義経は、兄上のおひがみや誤解を解こうものと、病躯を押して下ったが、腰越にて阻められ、遂に、鎌倉へ入るも許させ給わず、空しく京へ立ち戻って来たが……骨肉の兄と弟とが、かく心にもなく隔てられ、浅ましい相剋の火を散らすことよと、世間の眼にも見らるる辛さ。……景季、おぬしら、臣下の者にも分ろうが」
 義経は、彼の姿を見ると、云わずにいられなかった。情熱に生き情熱に戦って来た彼は今――平家の旧勢力を一掃して、源氏という、また、鎌倉幕府という新しい組織の段階に入ってくると、もうその役割のすんだ無用の破壊者の如く扱…

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