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日本名婦伝
にほんめいふでん
副題細川ガラシヤ夫人
ほそかわガラシヤふじん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「剣の四君子・日本名婦伝」 吉川英治文庫、講談社
1977(昭和52)年4月1日
初出「主婦之友」昭和15年7月号
入力者川山隆
校正者雪森
公開 / 更新2014-09-30 / 2014-09-15
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 暁からの本能寺の煙が、まだ太陽の面に墨を流しているうちに、凶乱の張本人、光秀の名と、信長の死は、極度な人心の愕きに作用されて、かなり遠方まで、国々の耳をつらぬいて行った。わけても、勝龍寺の城などは、事変の中心地から、馬なら一鞭で来られる山城国乙訓郡にあるので、桂川の水が、白々と朝を描き出した頃には、もう悍馬を城門に捨てた早打ちの者が、
「たいへんだっ」
 と、人の顔を見るなり誰にでも呶鳴って、やがて転ぶが如く、奥曲輪のほうへ馳けこんでいた。
 天正十年六月二日であった。
 木々の露が香う。風が光る。
 この頃の夜々の眠りの快さは誰しもであろう。起きてすぐ若葉に対う目醒めもすばらしい。
 生きていればこそと、生命の味いと幸を、改めて思うほど、肌をなぶる朝風も清々しい。
「…………」
 朝化粧をすましてもまだ彼女は、鏡に向って、恍惚としていた。
 わが姿の清麗に、見恍れていたわけでもない。生命に感謝していたのである。
「――自分ほど幸福なものがあろうか」と。
 幸福というものは、幸福と知った時、心から感謝しておかなければ、幸福とも思わず過ぎてしまうものである。――だから迦羅奢は、
「今ほど幸福な時はない」
 と、現在の自分を噛み味おうとしているのであった。
 予感というものであろうか。その朝に限って、迦羅奢は、特にそんな気もちを抱いて、やがて、いつもの朝の如く、良人の忠興の居室へ朝の礼儀をしに行った。
 すると、今し方まで、毎朝の日課として、弓を引き、兵書を読みなどしていた気配の良人が、どこにも見えなかった。
 縁端を見遣ると、小姓がひとりで端坐している。
「お湯殿にお渡りか」
 迦羅奢がたずねると、小姓は、
「いいえ、大殿に召されて、西曲輪へお越しになりました」
 という。
 西曲輪は、良人の父、幽斎細川藤孝の住居とされている所である。
「……お。そうか」
 とのみで、彼女は、裳を曳いて、そのまま自分の室へもどった。そして乳母を招いて、暫し乳母の手から、乳のみ児の与一郎を膝へ取り、乳ぶさを授けていた。



「忠興の心は、決しておりまする。わたくしの妻へなど、小さい御不愍はおかけ下さいますな。私の妻の処置は、私へおまかせ置き願わしゅうぞんじます」
 若い忠興は、胸を正して云った。
 父の細川藤孝は、武人とはいえ、温順な人であった。
 家は、室町幕府の名門であったし、歌学の造詣ふかく、故実典礼に詳しいことは、新興勢力の武人のなかでは、この人を措いて他にない。
 強いて、武人の中で、知識人らしい人柄を求めれば、明智光秀であったろうが、藤孝は、彼のように、新しい時代の教養よりも、むしろ古い学問の中から、今日に役立つものを取上げて、堅実に世を渡ってゆくといったふうな行き方であった。
 同じ知識人でも、文化に対する考え方でも、光秀とはそういうふうに違っていたが…

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