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四十年の回想
よんじゅうねんのかいそう
副題『民藝四十年』を読んで
『みんげいよんじゅうねん』をよんで
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「民藝四十年」 岩波文庫、岩波書店
1984(昭和59)年11月16日
初出「民藝」1959(昭和34)年5月号
入力者Nana ohbe
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2014-03-13 / 2014-09-16
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

『民藝四十年』というのは私の著書なので、自分の本を読んでその感想なり、当時の事情なりを書くのはおかしな事だとも思える。病床生活でもしていなければ、こんな閑文を想い立つ機縁はなかったかもしれぬ。しかし今度の私の場合は次の二つの事情のため、さながら他人の著書を読むのと余り変りがなかった。
 この本の出版の交渉を受けてからまもなく私は中風で倒れ、一時は生死の程も分らぬ事情にあった。ところが出版社からは督促を受ける。しかし私自身ではどうする事も出来ない病状にあった。それでこの本は私の書いたものの幾つかを年代を追って輯めたものだが、それは全く私の著作に詳しい浅川園絵さんの注意深い配慮によって編輯されたものである。それで私の著述ではあっても、一面そうでない所がある。こうして配列されて見ると、なる程こんな順序で自分の仕事や思想が発展したのかと、他人事のように初めて想い返すような次第であった。
 次に、私は滅多に自分の旧稿を読まない。それで今度珍しく読み直す機会に恵まれ、自分の踏んできた経路を鳥瞰図的に見る事が出来て、自分ながらちょっと面白かった。「ああこんな事も書いた事があるか」と今更考えたりした。何しろ三、四十年も前に執筆したものは忘れている部分が多い。この本で見ると私と物との縁もなかなか過去が深く、朝鮮工藝(明治末から大正にかけ)―木喰仏(大正末から昭和初めにかけ)―諸国民藝品(昭和初め頃から今日に及ぶ)―美術館の建設―沖縄訪問―茶の湯の問題―美の問題、こういう順序になった。それにつれ種々の想い出が湧いてくる。
 朝鮮と縁が出来たのは、私と親しかった妹が嫁いで朝鮮に渡ったので、妹を訪ねがてら旅をした(大正五年)のがもとで、その頃浅川伯教、巧君兄弟がいた事も、朝鮮の品物に私を一層近づける縁になった。その頃から李朝の品々に心を惹かれて私は度々渡鮮して、なけなしの財布をはたいては種々の品を買い集めた。今でこそ病的なまでに大変な市価を呼んでいる「李朝」ではあるが、その頃は「李朝」などを振り向く人はろくになく、私はつまらぬものを買うとて馬鹿にされたりした。しかし、美しいものは美しく、そんな嘲りとはおかまいなく好きなものを買い集めた。今民藝館にある貴重な李朝の焼物はその初期の蒐集品がかなり多い。物に惹かれて度々渡鮮するうちに二つの事が気になり出した。第一には、当の朝鮮人は私どもの興味を持つ作品にてんで注意を向けないのである。この頃でこそ朝鮮人に蒐集家も現れてきたが、その頃(大正初め頃)は全く皆無であった。しかし半世紀も過ぎたら朝鮮の人たちの中にも目覚める人が出て来よう。それまでのつなぎに朝鮮人に代って美術館を京城に設置しよう。私がこの望みを抱いたのはまだ二十才代のことで、随分無鉄砲な事を企てたものである。しかし熱意はこれを少しずつ準備させ、ついにこの趣旨を大正十年頃公表し、故浅川…

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