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酒友列伝
しゅゆうれつでん
作品ID56663
著者山之口 貘
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆 別巻4 酒場」 作品社
1991(平成3)年6月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2015-03-07 / 2016-02-01
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 十年を一昔とみれば、昔の昔の昔から、ぼくは酒を飲んで来たわけである。飲んで来た酒は主に泡盛で、生れが泡盛の産地の沖縄だからである。十三歳の時、十三祝いの日に酒を飲んで、千鳥足になったことを覚えているが、そのときに酒の味を覚えたのかも知れない。
 上京したのは、大正十一年の秋なのであったが、徴兵検査前のことで、中学時代の友達は、すでに一流の酒飲みになっているのであった。そのころの東京では、カフェーの女給さん達も、枯すすきの歌や、さすらいの歌をうたっていた。ぼくは年内に、三度下宿を変えたが、三度目の下宿は、矢張り中学時代の友人のSの部屋に寄食したのであった。Sは郷里の中学を中退して、東京のある中学へ通っていたが、酒は一流で、時々ぼくを誘って、近所のカフェーで飲んだ。下宿は、本郷台町にあって、下宿屋街の路地を曲り曲って、丁度大学の赤門と向かい合ったあたりの横丁にそのカフェーがあった。ある夜、Sとふたりでそのカフェーで飲んで、エプロン掛けの女給さん達といっしょに、枯すすきの歌をうたったりしていると、傍のテーブルで一人で飲んでいた青年が、こちらに話しかけ、枯すすきの仲間に割り込んで来ていっしょにうたった。ひとしきりうたって、それぞれがまた盃を傾けていると、その青年から、郷里はどちらかときかれたのである。
「琉球」とぼくが答えると、
「リュウキュウ!」とその青年が云った。
「あなたは?」と青年にきくと、かれは、にっこり笑ったが、
「ぼくホーモーサー。」と答えてまたにっこり笑った。すると、傍できいていたひとりの女給さんが、ホーモーサーってなんのことかときいたり、琉球ってどこなのかときいたりするので、面倒くさくなって来て、ぼくは大声張りあげて、また枯すすきをうたい出すと、みんなもまたうたい出したのである。いまでこそ、琉球と云えば、知らない人の方がどうかしているみたいだが、当時は、東京の至るところに、琉球を知らない人が多過ぎて、なにかにつけ不便を感じないではいられなかったのである。それだけに、そのカフェーでの一件は、昔の昔の昔のことではあるが、日本酒を飲み初めたときの第一印象として忘れ難いのである。Sは健在で、戦後は沖縄で生命保険会社の課長におさまっていることを、最近ぼくの手許に届いた現地の新聞で知った。
 ぼくは、上京した翌年の九月一日の関東大震災が機会になって、一応、沖縄へ帰ることが出来た。ところが、途端に父の事業が失敗して家を失ったり、恋愛に失敗したりで、云わば放浪生活の基礎が出来たのである。そのころの友人達はみんな酒につよかった。詩人の国吉灰雨、上里春生、伊波文雄、桃原思石、歌人の石川正秋、仲浜星想その他で、ぼくらは「琉球歌人連盟」を組織し、歌会を催してはよく飲んだ。その雰囲気は、先ず酒の点で牧水の歌に直結し、若さの点で、啄木の歌に直結していて、酔っぱらっては牧水や…

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