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音波の殺人
おんぱのさつじん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「野村胡堂探偵小説全集」 作品社
2007(平成19)年4月15日
初出「新青年」1936(昭和11)年12月
入力者門田裕志
校正者阿部哲也
公開 / 更新2015-10-21 / 2015-09-08
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

流行歌手の死

 夜中の十二時――電気時計の針は音もなく翌る日の最初の時を指すと、社会部長の千種十次郎は、最後の原稿を一と纏めにして、ポンと統一部の助手の机に投りました。
「さア、これでお了いだ」
 千種はガードの熱いおでんと、中野のアパートの温いベッドと――何方にしようかと考えて居りました。まる十二時間の労働で、心も身体もボロ切れのように疲れ果てて、此上は、地球そのものを爆弾にして、口火を点ずるような大事件がもちあがっても、「畜生ッ一行も書いてやるもんか」と言った自棄な気持になるのでした。
「千種さん電話ですよ」
 給仕の声と電話の鈴の音が、千種十次郎の横着な夢想を破りました。
「何処だ――」
「早坂さんの声ですよ、――部長さんが居ないかっ――て」
「勇奴、又銀座で飲んでいるんだろう、――帰ったことにして置け」
「駄目ですよ、向うへ千種さんの声が聞えるんですもの」
 給仕は送話器を掌で塞いで、酸ぱい顔をして見せました。
「仕様が無いなア、――又軍用金の徴発だろう」
 千種十次郎は卓上電話のコードを手繰って――こいつは用度掛から厳重に禁止されていることですが、――卓の上に足を載せたまま、受話器を取上げました。
「――大将――、大変な事が――」
 外交記者中の辣腕、早坂勇の声が、切れ切れに聴えます。
「何をあわてるんだ、勇、新聞記者に大変な事なんかあるものか、――尤も往来で借金取りに逢えば別だが」
「そんな馬鹿な事じゃ無い、長島若菜が殺されたんだ」
「何? あの流行歌手の若菜が!」
 千種十次郎は噛んで居たピースを、糊壺の中へ捻じ込むと卓の上の足を床におろして、一生懸命卓上電話に噛り付きました。ニュースを呪っていた、ツイ今しがたの心持などは綺麗に忘れて、火のような新聞記者意識が、疲労も倦怠も焼き尽すように燃え上ったのでした。
「自分の宅で、拳銃で撃たれて死んで居るんだ、――犯罪はたった一時間前に行われたばかり」
「君は今何処に居るんだ」
「若菜の家だ、――フラリと警視庁へ行くと、捜査課の連中が、コソコソ繰り出す様子だからタクシーで後を跟けると、代官山の若菜の家じゃないか、表は警官が張番をして通さないから、女中を口説いて風呂場から入れて貰ったんだ、――グランド・ピアノの前に支那絨毯を血に染めて、仰向に倒れた若菜を見た時は、俺もギョッとしたよ、女が美いから、そりゃ凄いぜ」
「馬鹿だなア、――死骸なんかを眺めてぼんやりして居たんじゃあるまいな、――他社の連中は何うして居る」
「玄関で揉み合って居るよ、幸い中へ潜り込んだのは俺一人だ」
「よしッ、その電話から離れるな、順序を立てて話せ、市内版を下すのを待って居るから」
 千種十次郎は統一部の方を振り返って、締切延期を手で合図し乍ら、ザラ紙の原稿紙を引寄せて、鉛筆を嘗めました。
「長島若菜は二度目の外遊を企てて、今晩その…

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