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古銭の謎
こせんのなぞ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「野村胡堂探偵小説全集」 作品社
2007(平成19)年4月15日
入力者門田裕志
校正者阿部哲也
公開 / 更新2015-11-05 / 2015-10-21
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「別ぴんさん勘定だよ、……こんなに多勢居る娘さんが、一人も寄り付かないのは驚いたネ、せめて、勘定だけは取ってくれよ」
 とてもいい心持そう。珍々亭のスタンド前、一番人目に付こうという場所を一人占めにして、一人の老紳士が太平楽を極めて居ります。
「ヘエ百八十五円頂戴いたします」
 そういうのは、十七八の女給、
「百八十五円? それは安い、八百五十円の間違いじゃあるまいネ」
 胡麻塩になった山羊髭を喰い反らした人の好さ相な顔を、女給の鼻の先へヌッと突出します。
「間違いなんかいたしません、百八十五円ン」
 事面倒と見て、切口上にまくし立てる女給の前へ、かくしから掴み出した、金銀銅銭をザラリと撒いて、
「サア、この中から好きな丈け取ってくれ」
「アッ」
 女給は驚いたわけ、その一と掴みの金銀銅銭というのは、悉く古銭ばかり、小判、二分金、一朱銀、天保銭から、文久銭、駒曳銭もあれば、永楽銭もあるという有様、選りわける迄もなく、今日通用する金は一枚も交っては居ません。
「アラ御冗談なすってはいけませんよ。みんな、昔のおあしばかりじゃありませんか」
 相手が少々甘いと見たか、若い女給さんなかなか負けません。
「これじゃいけないかネ、困った事に今日は金が無いんだ、尤も金が無いと言ったって無銭飲食じゃないよ、この通り、巡礼お鶴じゃないが小判というものはたんと持って居る……」
「いけませんよ、冗談をなすっちゃ、そうでなくてさえ、時々西洋の銀貨や、支那の銀貨を掴まされて、お帳場から叱られるんです。小判なんかで頂いたら、どんな事になるか判ったものじゃありません」
「相すまん、誠に私が悪かった。が、聞いてくれ、斯ういうわけだ。私は古銭を集めるのが道楽でな、家を出る時は、充分金を持って出た筈なんだが、途中二三ヶ所で古銭に引っかかって、とうとうこの通り。私のガマ口には、明治以後のおあしは一銭も無くなってしまった、ハッハッハッ驚いたか」
 卓の古銭の上へ、空っぽのガマ口を投り出してカラカラと笑い出しました。
 午後一時頃、珍々亭は人の立てこむ時刻ですから、この小喜劇は、たちまち店中の見物になってしまいました。第一、喜劇の主人公なる、この古銭蒐集家の風采が変って居ります。頭こそ左まで禿げて居りませんが、五十五六年配で、山羊髭で、一番贅沢な布地を一番無恰好に裁ったといったような、ダブダブの背広に、風呂敷ほどある大きなネクタイ、マドロスパイプを脂下りにくわえて居ります。
 この現代人離れのした風采で、小判と天保銭を卓の上へ投り出したのですから、店中の客は「ワッ」と声をあげて喜びました。いくら銀座でも、こんな奇抜な図は滅多に見られるものではありません。
「お立会の衆、笑ってはいけないよ、私は古銭研究会の幹事、南市太郎、雅号を愛銭堂老人という者じゃ、家へ帰ると金なんか馬に食わせるほどある、嘘だ…

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