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向日葵の眼
ひまわりのめ
作品ID56715
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「野村胡堂探偵小説全集」 作品社
2007(平成19)年4月15日
初出「少女倶楽部」1929(昭和4)年11月
入力者門田裕志
校正者阿部哲也
公開 / 更新2015-12-15 / 2015-09-01
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一 麗子の嘆き

「あら、麗子さん、どうなすったの」
「あッ、加奈子さん」
「近頃学校へもいらっしゃらないし、みんなで心配して居てよ、――それに顔色も悪いわ、どうなすったの本当に」
「困った事が起ったの、加奈子さん、私どうしたらいいでしょう」
 加奈子は、お使いに行った帰り上野の竹の台で、お友達の麗子にバッタリ出逢ったのでした。
 麗子は、加奈子と同じ年の十三、今年女学校へ入ったばかりですが、小学校からズッと親しいお友達です。
「困った事って、何んな事なの、聞かして頂戴、――ネ」
「大変な事なの、お母様が見えなくなったの」
「エッ」
 加奈子は、自分の耳を疑うほど驚きました。麗子の母親なら、松井理学博士の未亡人で、麗子によく似た物静かな優しい方、加奈子もよく知って居ります。
「何時? 何うして、――もっと詳しく話して頂戴――」
 加奈子はせっかちに問いかけましたが、麗子は返事の代りに、両方の袖を顔に当てて、往来に立ったまま、さめざめと泣き出してしまいました。
 陽は少し昼を廻りましたが、公園の中は、あまり人通りもありません。
 咽び泣く麗子を扶けて、深い木立の中のロハ台に陣取った加奈子は、涙の隙から、漸くこれだけの事を聞きました。
 麗子のお父様というのは、日本のエジソンと言われた、有名な発明家で、いろいろお国の為になるものを発明した上沢山の実用品を創り出して、一代に数百万という財産を拵え、谷中の奥に、立派な家を建てて、心静かに研究をして居りましたが、昨年の暮、風邪から肺炎を起して亡くなってしまったのです。
 後に残ったのは、未亡人と一人娘の麗子ばかり、偏屈な学者の事で、日頃あまり知合も作らず、身寄の者と言っても皆遠方で、別段頼りにする者もありませんので、自然お父様の助手をして居た、紺野左一郎という人が、研究の仕残りやら家政上の事やら、母子の者の身の振り方まで、立ち入って世話をするようになりました。
 まもなく紺野は、亡くなった松井博士の仕事を仕上げるという口実で、博士が人に隠して、そっとやり掛けて居た、沢山の大発明の設計図を見せてくれと言い出したのです。
 それから、これは博士の遺言だからと言って、財産の事にまで口を出し、自分は母子の後見人だということを、大ぴらに世間へ言いふらしたりするようになりました。
 ところが、博士がやりかけて居た筈の、沢山の発明の設計図は、何処を何う探しても見当らないばかりでなく、博士が残した筈の、何百万円という財産も、何処へ匿してあるのか、さっぱりその行方がわかりません、博士はどこか、秘密の室に隠しているのではないでしょうか?
 そうするうちに、今から丁度一週間前に、麗子の母親は不意に行方不明になりました。本当に不意に、掻き消すように姿を隠してしまったのです。
 元より警察へも届け、少しばかりの知り合いは言うまでもなく、遠方の親…

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