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いぬ
作品ID56793
著者三遊亭 金馬
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆76 犬」 作品社
1989(平成元)年2月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2015-02-23 / 2015-01-16
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 犬は三日飼うと三年恩を忘れないというが、犬は好きで十二、三歳頃、本所相生町の経師屋の伯父の家に奉公している時分に、雑種の犬を一匹拾ってきて伯父に叱られたことがある。私が三度の御飯を一膳ずつ少なく食べてこの犬にやりますから飼ってやってください、と無理に頼んでおいてもらった。
 その頃、本所から四谷箪笥町、芝片門前、三田の赤羽橋辺まで襖を積んだ車を引いて使いにやらされる。行きにその犬を車の梶棒へ綱でつなぐとグングン車を引いてくれる。先方へ行って使い賃をもらうと、パンを買って半分は犬に食べさせて、空になった車へ犬を載せて引いてくる。今でもバタヤさんが犬に車を引かしているのを見ると、その頃のことを思いだす。
 ぼくがあまり犬を可愛がりすぎるので、伯父がぼくに内緒でどこかへ捨ててきたらしい。二、三日の間は仕事も手につかず、食べる物もうまくない。それこそ血眼になって探したがわからない。
 去る者は日々に疎し、というか、二月、三月とすぎ、半年もすぎるとまるで思いださないというより、どんな犬であったか思いだせないくらいになっていた。すると或る日、京橋八丁堀まで例によって車を引いてゆき、帰りに、その頃「中外商業新聞」というのがあって、その前の坂本公園という、いやに淋しい公園の前までくると、だし抜けにぼくに飛びついた犬がある。びっくりして見ると、半年ほど前にわが子のように可愛がったその犬である。犬も夢中になって飛びつく、ぼくも暫時われを忘れて抱きかかえて、その犬を車の上へ載せて本所まで帰ってきた。また改めて伯父に頼んで飼ってもらったが、その犬の顔は今でも眼をつぶると瞼のうちに見えるようだ。
 とんだ瞼の犬の話になったが、いろいろの種類の犬も飼ってみたが、何の何種という系統正しい犬でも、名もない雑種の野良犬でも、飼えば同じように可愛いもので、若い時分、駄犬のことで犬捕りの人夫と殴りあいの喧嘩をしたことがある。
 本所太平町に住んでいる時分、下手な鉄砲をやっていたので、ポインターの猟犬を飼っていたが、これも子犬からもらってきて、自分で「持ってこい」から教えた。猟は犬がいるといないでは大変な違いで、ことによると他人の捕った猟物までくわえてくることがある。鉄砲を持たずに小松川の土手あたりまで連れて歩く。鳥がいると「ヤチ」のなかをガサガサガサ追って追って追い廻す。鳥も利口なもので、飛びたつと鉄砲で射たれるということを知っているのか、なかなか飛びたたない。ついにヤチのなかから番鴨をくわえて出てくる。また綱を放して犬を連れて歩いているときどこかで鉄砲の音がズドンとすると、一目散に飛んでいってしまう。しばらくすると、鳥をくわえて息せききって帰ってくる。「よしよし」と褒めてやり、鳥を取って外套の下の腰へさげてしまうと、鉄砲を射った人が「確かにここいらへ落ちたのだがなあ」と鳥を探しにくる。
 犬…

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