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余はベンメイす
よはベンメイす
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「堕落論・日本文化私観 他二十二篇」 岩波文庫、岩波書店
2008(平成20)年9月17日
初出「朝日評論 第二巻第三号」1947(昭和22)年3月1日
入力者Nana ohbe
校正者酒井裕二
公開 / 更新2016-02-17 / 2015-12-24
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 先日朝日評論のO氏現れ、開口一番、舟橋聖一のところには日に三人の暴力団が参上する由だが、こちらはどうですか、と言う。こちらはそんなものが来たことがない。来る筈もないではありませんか。
 東京新聞のY先生(なぜなら彼は僕の碁の師匠だから)が現れての話でも、世間ではもっぱら情痴作家と云ってますが、御感想いかが、と言う。すると、それから、西海と東海と東京と三つの雑誌と新聞から同じようなことを言ってきて、私の立場に就いて、弁明しろと言う。弁明など考えたこともないから、しろと云っても、無理だ。
 朝日評論のO氏も弁明を書けという。まるでどうも、私が東京裁判情痴部というようなところへ引きだされて目下訊問を受けているようにきめこんでいる様子で、私も恐縮したが、まったく馬鹿げた話である。
 こうきめつけられては、てれてニヤニヤする以外に手がなくなって、そうかね、私は情痴作家ですか、などと云うと、知友の筈のY先生まで、舟橋・織田も情痴作家とよばれることを厭がりますね、などと取りすましている。とりつく島がない。
 いつだったか新潮社のS青年が現れて、サルトルは社会的責任を負うと声明していますが、あなたは如何という。この方はハッキリしていて気に入ったから、勿論だ、牢屋へでもなんでも這入る、と威勢のいいところを見せて、ソクラテスを気取ったものだ。じゃ、あなたも声明を書きませんか、ときたから、私も憤然として、そんなこと書くのはヤボというものだ、作家が自分の言葉に責任を負うのは当然ではないですか、決闘して死んだ男もあるですよ(ホントかね)。あんまり見上げたことではないが自殺した先生方も多々あるです。僕など生きることしか手を知らないのだから、酒となり肉体となり、時には荘周先生の如く蝶ともなれば、ここに幻術の限りをつくして辛くも生きているにすぎない。あに牢獄を、絞り首を怖れんや。絞り首は恐入るけれども話の景気というもので、ザッとこういうぐあいに御返事申上げた。だいたいサルトルが書いたから私にも書けとは乱暴な。先日酔っ払って意識不明のところを読売新聞の先生方に誤魔化されて読みもしないサルトルにつき一席口上を書いたのが運の尽きで、改造だの青磁社だのまだ出来上らないサルトルの飜訳のゲラ刷だの原稿だの飛び上るような部厚な奴を届けて汝あくまで読めという。これ実に、人泣かせの退屈きわまる本ですよ。街頭で酒店で会う人ごとにサルトルはいかがとくる。まるで私が今サルトルと別れてフランスから帰ったような有様だから、私もつい癪にさわって、うん、シロで、サルトルとシャンパンにカレイのヒレを落してオカンをした奴をのんだよ、うまくなかったね、然し実存主義よりはいくらか清潔な飲み物でした、などと言う。すると中には、へえ、シロってのは何ですか。君シロを知らないですか。プルウスト先生行きつけのパリきっての上品なレストラン…

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