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「樋口一葉全集第二巻」後記
「ひぐちいちようぜんしゅうだいにかん」こうき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「樋口一葉全集第二卷」 新世社
1941(昭和16)年7月18日
入力者岡村和彦
校正者川山隆
公開 / 更新2014-12-14 / 2014-11-14
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 この卷には、前卷(第一卷)を承けて、『琴の音』以下十四篇の小説を收めた。

『琴の音』
 この作、明治二十六年十一月の「文學界」に載つた。一葉、二十二歳のときで、そのときかの女は下谷龍泉寺町(俚俗大音寺まへ)に荒物と駄菓子の店をひらいてゐた。
 この作を書いた前後のことを、かの女は、その年十一月の日記の中にかうしるしてゐる。
十八日 はれ。禿木子來訪、文界の事につきてはなし多し。
十九日 はれ。神田にかひ出しす、明日は二の酉なれば店の用事いそがはし。
 文學界に出すべきものもいまだまとまらざる上に、昨日今日は商用いとせわしくわづらはしさたえ難し。
 二の酉のにぎはひは此近年おぼえぬ景氣といへり、熊手、かねもち、大がしらをはじめ延喜物うる家の大方うれ切れにならざるもなく、十二時過る頃には出店さへ少なく成ぬとぞ、廓内のにぎはひおしてしるべし。
よの中に人のなさけのなかりせば
       ものゝあはれはしらざらましを
二十一日 晴れ。
二十二日 おなじく。
二十三日 星野子より文學界の投稿うながし來る、いまだまとまらずして今兩日は夜すがら起居たり。
二十四日 終日つとめて猶ならず、又夜と共にす、女子の胸はいとよはきもの哉、二日二夜がほど露ねぶらざりけるにまなこはいとゞさえて氣はいよ/\澄行ものから筆とりて何事をかゝんおもふことはたゞ雲の中を分くる樣にあやしうひとつ處をのみ行かへるよ、いかで明日までにつゞり終らばや、これならずんば死すともやめじと只案じに案ず、かくて二更のかねの聲も聞えぬ、氣はいよ/\澄ゆきぬ、さし入る月のかげは霜にけぶりて朦々朧々たるけしき誠に深夜の風情めにせまりてまなこはいとゞさえゆきぬ、かくても文辭は筆にのぼらずとかくして一番どりの聲もきこゑぬ、大路ゆく車の音きこえ初ぬ、こゝろはいよ/\せはしく成てあれよりこれに移りあれよりあれにうつり、筆はさらに動かんともせず、かくて明けゆく夜半もしるく、向ひなる家となりなどにて戸あくる音、水くむなどきこえ初るまゝに唯雲の中に引入るゝ如く成て、ねるともなくしばしふしたり。
二十五日 はれ。霜いとふかき朝にてふとみれば初雪ふりたる樣也、ねぶりけるは一時計成けん、今朝は又金杉に菓子おろしにゆく、寒さものに似ざりき、しばしにてもたましゐをやすめたればにや、今日は筆のやすらかに取れて午前の内に清書を終りぬ、郵書になして星野子におくりしは一時頃成しか。
 午後禿木子にはがき出す。
 原稿用紙にしてわづか七八枚のこの小品を書くのに、かの女は、これほどの辛苦をした。がしかし、『雪の日』を書いたあと、一トたびおもひを文學に斷つたかの女の十月ぶりでの仕事とすれば無理はない。しかも、この作を書いたことによつて、かの女は、ふたゝび文學へよびもどされるゆくりなき結果をえたのである。

『花ごもり』
 この作、明治二十七年の二月及…

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