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わかれ道
わかれみち
作品ID56889
著者樋口 一葉
文字遣い新字旧仮名
底本 「にごりえ・たけくらべ」 新潮文庫、新潮社
1949(昭和24)年6月30日
初出「国民之友 二百七十七号」1896(明治29)年1月4日
入力者岡村和彦
校正者Juki
公開 / 更新2017-05-02 / 2017-03-11
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 お京さん居ますかと窓の戸の外に来て、ことことと羽目を敲く音のするに、誰れだえ、もう寐てしまつたから明日来ておくれと嘘を言へば、寐たつて宜いやね、起きて明けておくんなさい、傘屋の吉だよ、己れだよと少し高く言へば、嫌な子だねこんな遅くに何を言ひに来たか、又御餅のおねだりか、と笑つて、今あけるよ少時辛棒おしと言ひながら、仕立かけの縫物に針どめして立つは年頃二十余りの意気な女、多い髪の毛を忙がしい折からとて結び髪にして、少し長めな八丈の前だれ、お召の台なしな半天を着て、急ぎ足に沓脱へ下りて格子戸に添ひし雨戸を明くれば、お気の毒さまと言ひながらずつと這入るは一寸法師と仇名のある町内の暴れ者、傘屋の吉とて持て余しの小僧なり、年は十六なれども不図見る処は一か二か、肩幅せばく顔少さく、目鼻だちはきりきりと利口らしけれど何にも脊の低くければ人嘲けりて仇名はつけける。御免なさい、と火鉢の傍へづかづかと行けば、御餅を焼くには火が足らないよ、台処の火消壺から消し炭を持つて来てお前が勝手に焼てお喰べ、私は今夜中にこれ一枚を上げねば成らぬ、角の質屋の旦那どのが御年始着だからとて針を取れば、吉はふふんと言つてあの兀頭には惜しい物だ、御初穂を我れでも着て遣らうかと言へば、馬鹿をお言ひで無い人のお初穂を着ると出世が出来ないと言ふでは無いか、今つから延びる事が出来なくては仕方が無い、そんな事を他処の家でもしては不用よと気を付けるに、己れなんぞ御出世は願はないのだから他人の物だらうが何だらうが着かぶつて遣るだけが徳さ、お前さん何時かさう言つたね、運が向く時に成ると己れに糸織の着物をこしらへてくれるつて、本当に調へてくれるかえと真面目だつて言へば、それは調らへて上げられるやうならお目出度のだもの喜んで調らへるがね、私が姿を見ておくれ、こんな容躰で人さまの仕事をしている境界では無からうか、まあ夢のやうな約束さとて笑つていれば、いいやなそれは、出来ない時に調らへてくれとは言は無い、お前さんに運の向いた時の事さ、まあそんな約束でもして喜ばして置いておくれ、こんな野郎が糸織ぞろへを冠つた処がをかしくも無いけれどもと淋しさうな笑顔をすれば、そんなら吉ちやんお前が出世の時は私にもしておくれか、その約束も極めて置きたいねと微笑んで言へば、そいつはいけない、己れはどうしても出世なんぞは為ないのだから。何故々々。何故でもしない、誰れが来て無理やりに手を取つて引上げても己れは此処にかうしているのが好いのだ、傘屋の油引きが一番好いのだ、どうで盲目縞の筒袖に三尺を脊負つて産て来たのだらうから、渋を買ひに行く時かすりでも取つて吹矢の一本も当りを取るのが好い運さ、お前さんなぞは以前が立派な人だと言ふから今に上等の運が馬車に乗つて迎ひに来やすのさ、だけれどもお妾に成ると言ふ謎では無いぜ、悪く取つて怒つておくんなさるな、…

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