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江戸の昔を偲ぶ
えどのむかしをしのぶ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十五)茶碗割り」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年9月20日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2015-10-15 / 2015-09-01
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 江戸という時代は、まことに悪い時代であったに違いない。封建的で、階級的で、迷信的で、一つも取柄はなかったようであるが、一方からはこんなのんきなのんびりした時代はなかったようでもある。ネコのノミをとっても一生楽に暮らせ、居候の名人になっても、一生楽に暮らせる世界は、今の世からは想像も及ばないことである。
 それが移り変って、月に三十円あればと歌った、啄木の生きていた明治の代となり、三万円もなければ、どうにも暮らせない今の世の中となったのである。
 古い江戸の地図や絵図面をひろげて見ると、私は一種の郷愁を感ずるのである。丸の内から話を始めると、見附見附には枡形があり、そこは長いものを通さず、槍や鉄砲や梯子と間違えられるので、竹ざおなどを持ちこむのに、風呂敷をかぶせて、――へエ風呂敷包でございますが――といって通ったということは、落語や講談の〈まくら〉につかわれている。丸の内には三百諸侯が供ぞろえいかめしくひしめき合い、天保年間の日食は一刻のまちがいで人死にができたと伝えられている。正午の刻といったのが天文方のまちがいで、午前十時巳の刻にまっくらになったというから、笑えないまちがいである。安藤対馬守はここで斬られ、井伊直弼は桜田門を入るとき駕籠の中で斬られた。その首を持った有村某は、帝劇のほうへ逃げ出したという笑われない話もある。ある町人の小僧は、お使いに来てこの事件に出っくわし、土手下に隠れてふるえながら見ていたというのは、桜田門の外であろう。明治年間このへんへ遠くなく甘酒屋まで出ていたのを私が記憶しているくらいだから、万延元年の変では、そのような事があったかも知れない。
 有楽町は織田有楽斎の屋敷跡、いまの有楽町駅あたりに、南町奉行所があったことだろう。このへんに、遠山の金さんもおり、大岡越前守も姿を見せたにちがいない。昔の奉行は、いまの警視総監よりもさらに権力が強く、法三章な概念で裁判を片付けていったものらしい、大岡さばきにはソロモンの伝説まで織り込まれており、十中八九は信ずるに足りないが、死んだと思ったたばこ屋喜八が生きていたり、地蔵様に縄を打って引立てたり、大岡様も伝説稗史に従えばなかなかにやったものらしい。
 この思想――すなわち罪を憎んで人を憎まざる底の大岡さばきが、後世捕物小説の基本概念になったかも知れない。もっとも家事不取締で罰せられたり、御諚百箇条的思想で人を律されては、少しぐらい手加減をして頂かなければ、人民どものほうがかなわないわけである。
 泥棒伯円や小団次がはやらかしたわけでもあるまいが、悪徒には義賊と称せらるる一種のカテゴリーに編入されるものが交っていた。鼠小僧もそれであり、木鼠小僧のように、人名辞書にまで何ぺージか費やされているものもある。日本左衛門もそれであり、雲切仁左衛門もそれである。悪事はすれど非道はせずというのをモットーに…

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