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青山菊栄様へ
あおやまきくえさまへ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」 學藝書林
2000(平成12)年5月31日
初出「青鞜 第六巻第一号」1916(大正5)年1月号
入力者酒井裕二
校正者雪森
公開 / 更新2016-08-21 / 2016-06-10
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 青山菊栄様
 あなたの公開状は本当に、私には有りがたいものでした。私は幾度も/\読み返しました。勿論、不服な事もありますがそれはおい/\申上げる事にして、先づ公娼廃止についてのあなたの考へ方は正当です。私はそう云ふ方面に全く無智なのです。私はまださういふ詳しい事を調べるまでに手が届かなかつたのです。その点では私はあゝ云ふ事を云ふ資格は全くなかつたのかも知れません。あれは私は或田舎の新聞に頼まれて書いたものなのです。別に深い自信のあるものでもなんでもありませんでした。けれども全く、私はあなたのお書きになつたものを拝見して始めてさう云ふことを気づいたのです。勿論、私はさういふ娼妓の生活状態に就いて無智な者ではないのです。私は可なりあの人たちの生活についてはもつと子供の時分から知つてゐましたのです。さうしてさういふ処に気のつかなかつたのは私の自重のない態度がさうさしたのです。私はあなたにその事を気をつけて下すつた事を感謝いたします、そして、あなたのやうな考へ方から見れば公娼廃止と云ふことも尤もな事です。もうその事については何にも云はない方が立派な態度かもしれません。こんな事を云ふのは卑怯な負惜しみと見えるかも知れませんが、私があれを書いた時に主として土台にしたのは矯風会の人たちの云ひ分でした。私はそれ以外に深く考へることをしなかつたのは私の落ち度ですが彼の人たちからはさう云ふ深い事は聞きませんでした。若しもあの人たちが本当にさう云ふ、あなたのやうな意見を以て向ふのなら、私だとてあんな事を書きはしません、私は矯風会の人たちからはまだそんな立派な事は聞きませんでした。それで、根本の公娼廃止と云ふ問題はあなたの仰つしやるやうな正当な理由から肯定の出来る事ですが、私は矯風会の人達の云ひ分に対しては矢張り軽蔑します。あの人達の云ふ事はあなたのゝ程徹底しては居ないと私は思ひます。
 さて此度は、私とあなたの思想の差異になつて参りますが、私はすべての議論が何時でも何の人達のでもお仕舞ひにはつまらない言葉のあげあしとりになつて、水掛論になるので議論と云ふ事は本当に嫌やなのです。さういふいやな事をしまいと思へば一々その言葉の内容からしてさがして行かなければならないと云ふ面倒な事になつて来ます。さうしますと、だん/\に本来の問題よりも枝葉の事に渡つて来ると云ふ順序になります。私は今私の考へを述べる前に、どうかこの事がさうしたなりゆきにならないやうに出来る丈けお互ひに丁寧に、あつかひたいと思ひます。

 先づ、何よりも先きにあなたに申あげなければならない事は、私が公娼廃止に反対だと云ふ風にあなたが誤解してお出になるらしい事に就いて、私は左様ではありませんと云ふ事です。私は勿論肉の売買など決して、いゝ事だとは思ひません。悲惨な事実だと思つてゐます。さういふ事をしないでも済むのならそれに…

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