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岩魚
いわな
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「近代浪漫派文庫 29 大木惇夫 蔵原伸二郎」 新学社
2005(平成17)年10月12日
初出岩魚「詩苑」1963(昭和38)年<br> 落日「陽炎」1963(昭和38)年6月号<br> 西瓜畑「詩学」1955(昭和30)年1月号<br> 遠い友よ「中学生のための続・現代詩鑑賞」宝文館、1955(昭和30)年9月10日
入力者kompass
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2016-01-01 / 2016-01-01
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

岩魚
――宋青磁浮紋双魚鉢――

五月のあかるい昼さがり
あまりに生の時間が重いので
私はひとり青磁の鉢を見ている
空いろの底に
二匹の岩魚が見えたりかくれたり

すぎる風に水がゆれると
岩魚の背もかすかに紅いろに光る
また 水底をよぎる遠い宋時代の雲
ながい時間のかげりをひいて
愁いの淵に岩魚は ねむり
時に目を醒まして はねると
いつのまにか蒼天をおよいでいる




白い皿の上の
鮭の切身

午前九時の青い太陽の
投影する北国の水の中
おいつめられたあいつが
きゆうといつて息たえた時
あいつの鱗は全部虹色に光つた

午前九時になると
いつでも あいつの亡霊が
白い皿の海を
いつたりきたりする


すずめ

ながい間
雀は小さい卵をあたためていた
熱つぽい胸毛をひやすために
初夏の夕暮れに飛びたつた
岸辺の
青い風のふいている竹藪の梢にとまり
風にゆれながら
しばらくは羽毛をくしけずり
羽虫をふるい落した
それから きりつと威厳をつくつて
菫いろに暮れてゆく山脈をながめ
遠くまで光る川をながめ
うす紅いろにかがやく雲をながめ
それから 首をかしげて
卵の中で鳴いているひよこたちの
かすかな声をきいていた


落日

小綬鶏は人道をよけて通る
ひよこをおおぜいひきつれ
ひくい声でしかりながら
ばらばらに散開しておおいそぎで通る

向うに深い竹やぶがある
その中の
夕日のゆれる陽だまりで
小綬鶏たちはたがいに呼びあつてかたまる
ぽとつと ひとつ桐の花が落ちてくる

やがて日がしずみかかる
何百本とある青い竹の幹の一つ一つに
ちかちかと黄いろい灯がともつて消える


西瓜畑

昨日まで
ごろごろころがつていた 西瓜畑に
今日は
何にもない
未知の人に盗まれたのだ

原つぱと空ばかりがあつた
白い雲が往つたり来たりして
西瓜を探している
一人の若い女がやつてきた
女は西瓜のことなど知りはしない
充実した腰をふりながら
のぼせた顔をして
すたすたと 未知の世界へ行つた

やがて女も消えた
原つぱがあつて その上に空があつた


遠い友よ

風のなか
まひるの山の峠で出あつた
あなたよ

こかげの岩かげで
二人はしばらく 蝉の声に
耳をかたむけ
遠い雲をみていたつけ

あなたはのぼり道 私は下り
あのひとときの出会い
みじかい対話
あかるい イメージ

風のなか「さようなら」
桔梗が一本ゆれていたつけ
あなたは やがて

白い夏帽子に真昼の陽をうけ
蝶のように
すすきのかげに消えていつた


石の思想

広い河原にいつて
石の間にもぐり込むのがすきだ

石たち自らの追憶 その二十億年は
昨日のようだ
二十億年前の 青い蝶が
ほら 石原をよこぎつてゆくのが見える

石たちの上を 時間がゆつくりゆつくり
あるいている
ほら 一匹のバツタが
しだいに 巨視像となつて
永…

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