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一夕話
いっせきわ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「芥川龍之介全集5」 ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年2月24日
初出「サンデー毎日」1922(大正11)年7月
入力者j.utiyama
校正者かとうかおり
公開 / 更新1999-01-10 / 2014-09-17
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「何しろこの頃は油断がならない。和田さえ芸者を知っているんだから。」
 藤井と云う弁護士は、老酒の盃を干してから、大仰に一同の顔を見まわした。円卓のまわりを囲んでいるのは同じ学校の寄宿舎にいた、我々六人の中年者である。場所は日比谷の陶陶亭の二階、時は六月のある雨の夜、――勿論藤井のこういったのは、もうそろそろ我々の顔にも、酔色の見え出した時分である。
「僕はそいつを見せつけられた時には、実際今昔の感に堪えなかったね。――」
 藤井は面白そうに弁じ続けた。
「医科の和田といった日には、柔道の選手で、賄征伐の大将で、リヴィングストンの崇拝家で、寒中一重物で通した男で、――一言にいえば豪傑だったじゃないか? それが君、芸者を知っているんだ。しかも柳橋の小えんという、――」
「君はこの頃河岸を変えたのかい?」
 突然横槍を入れたのは、飯沼という銀行の支店長だった。
「河岸を変えた? なぜ?」
「君がつれて行った時なんだろう、和田がその芸者に遇ったというのは?」
「早まっちゃいけない。誰が和田なんぞをつれて行くもんか。――」
 藤井は昂然と眉を挙げた。
「あれは先月の幾日だったかな? 何でも月曜か火曜だったがね。久しぶりに和田と顔を合せると、浅草へ行こうというじゃないか? 浅草はあんまりぞっとしないが、親愛なる旧友のいう事だから、僕も素直に賛成してさ。真っ昼間六区へ出かけたんだ。――」
「すると活動写真の中にでもい合せたのか?」
 今度はわたしが先くぐりをした。
「活動写真ならばまだ好いが、メリイ・ゴオ・ラウンドと来ているんだ。おまけに二人とも木馬の上へ、ちゃんと跨っていたんだからな。今考えても莫迦莫迦しい次第さ。しかしそれも僕の発議じゃない。あんまり和田が乗りたがるから、おつき合いにちょいと乗って見たんだ。――だがあいつは楽じゃないぜ。野口のような胃弱は乗らないが好い。」
「子供じゃあるまいし。木馬になんぞ乗るやつがあるもんか?」
 野口という大学教授は、青黒い松花を頬張ったなり、蔑むような笑い方をした。が、藤井は無頓着に、時々和田へ目をやっては、得々と話を続けて行った。
「和田の乗ったのは白い木馬、僕の乗ったのは赤い木馬なんだが、楽隊と一しょにまわり出された時には、どうなる事かと思ったね。尻は躍るし、目はまわるし、振り落されないだけが見っけものなんだ。が、その中でも目についたのは、欄干の外の見物の間に、芸者らしい女が交っている。色の蒼白い、目の沾んだ、どこか妙な憂鬱な、――」
「それだけわかっていれば大丈夫だ。目がまわったも怪しいもんだぜ。」
 飯沼はもう一度口を挟んだ。
「だからその中でもといっているじゃないか? 髪は勿論銀杏返し、なりは薄青い縞のセルに、何か更紗の帯だったかと思う、とにかく花柳小説の挿絵のような、楚々たる女が立っているんだ。するとその女が、――…

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