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書簡 大杉栄宛
しょかん おおすぎさかえあて
副題(一九一六年五月三一日)
(せんきゅうひゃくじゅうろくねんごがつさんじゅういちにち)
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」 學藝書林
2000(平成12)年5月31日
入力者酒井裕二
校正者雪森
公開 / 更新2016-03-03 / 2016-01-04
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館
発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館


 今朝も、あなたからのおたよりを待つてゐましたのに来ないで、長い/\お八重さんからの手紙が来ました。そして、私の今度の事に就いて可なりはつきりと意見を述べてくれました。しかし私は、もう到底理解を望む事は出来ないと断念しかかつてゐます。ひよつとしたら、私の説明が丁寧に詳しかつたら、或は解るかも知れません。けれども、彼の人には、恋愛と云ふ事が何んであるか解つてゐないのです。あの人の恋愛観は、皆な書物の上のそれです。外のいろ/\の理屈は分るとしても、その心持が本当に解らない人には説明のしようはないと思ひます。しかし、私は出来るだけ説明してみるつもりではありますけれど。
 私の一番親しい友達が、私をどのやうに見てゐたかを、少しお知らせしませうか。
『あなたの心霊がこの二三年、無意識にも有意識にもあこがれを感じ、渇きを覚えてゐる強い力――殊に異性の雄々しい圧力――これを提げてあなたに迫るものがあつたとしたら、それは必ず大杉氏であつた事を要しない。誰れでもよかつたのではありませんか。これは、あなたの無定見な恋――盲目的な憧憬を意味するのぢやありません。寧ろ、それほど必然的な危機があなたの周囲に生じてゐたと云ふ事を示すのです。それほど重大なワナがあなたに投げかけられてゐたのです。ですから、その強い魅力のある圧力の具体化として大杉氏が現はれたとき、どこまでも慎重にならなければならなかつたのです。これは逆説のやうですけれど、決してさうぢやありませんよ。それが本統に自分の要する力か、自分に適した力か、純粋のものかをぢつと/\凝視する時間を、多く長く持つ程がいいのだつたと思ひます。』
 本当に、私はあなたでなくてもよかつたでせうか。私はさうは思ひません。私が、どんなに長くあなたを拒まうとして苦しんだかを、お八重さんは知らないのです。私は慎重でなかつたのでせうか。慎重ではなかつたかも知れませんね。けれども、私達は始めからそのやうな処を超えてゐたのではないでせうか。慎重と云ふやうな言葉の必要を感ずるよりも、もつとずつと近い所にゐたのだと云ふ気がします。ですから、お八重さんが『かう苦しまねばならない』と想像してゐるのと、私が苦しんだ事との間には、可なりの距離があるやうに思ひます。
 そして又お八重さんは、私が第二の恋愛にはいつたのは、第一の牢から第二の牢にはいるのと同じだと云ひます。私が今日までの謂はゆる第一の牢で何にを苦しんだのでせう。同じ苦しみをした同じ処にはいつて行くほどの、私は馬鹿ではないと信じます。第二の牢と第一の牢とが同じものならば、第二とか第一とか呼ぶ必要はない。同じ処に帰つてゆくのだと云へばよろしい。私は同じ処に二度はいつて、違つた処にはいつてゐると云ふ程の盲ではないつもり。
 同じ処…

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