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書簡 大杉栄宛
しょかん おおすぎさかえあて
副題(一九一六年五月二七日)
(せんきゅうひゃくじゅうろくねんごがつにじゅうななにち)
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」 學藝書林
2000(平成12)年5月31日
入力者酒井裕二
校正者雪森
公開 / 更新2016-02-20 / 2016-01-04
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館
発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館


 今日私はあなたがおたちになる前に、二三日前からの私の我儘をお詫びして許して頂かうと思ひましたの。それで、幾度も幾度もあなたの処に行くのですけれど、何んだか自然であなたに話しかける事がどうしても出来ませんでしたの。さうして、とうたう又あなたの方から口をお切りになりましたのね。さうして、私があなたに向つて云はうとする事を、あなたが私に仰云つたのですもの、私本当に自分の小さな片意地がいやになつて、あなたに申訳けがなくて、それで泣きましたの。
 自分で、我儘な事も片意地も何も彼も皆なよく解つてゐて、そしてつまらない事に拗ねて、気持の悪い思ひをする事が、どんなに馬鹿々々しいかと云ふ事も知りながら、それでどうしても素直でない自分が忌々しくて仕方がないのです。一昨日から、私は自分のその悪い癖をあなたに話して、もう決してそんなまねをしないようにしようと幾度思つたか分りません。そしてすつかりあなたにお話しする事も出来てゐながら、今度は本当にあなたにお話しようとしますと、前からきめて話す事は如何にも不自然らしくて厭やになつて仕舞ふのです。それでつい黙つて仕舞ふのです。さうすると今度は、猶一層いけない私の癖が、また私を怒らすのです。
 自分の頭で考へた事を直ぐに決して話さないと云ふこと。私はそのためにどんなにあなたにいやな思ひをさせたかを知つてゐるのです。知りながら、その癖に打ち勝てない自分に反感を起さずにはゐられないのです。それを考へますと、私は直ぐメランコリイになるのです。それをあなたが御覧になると、あなたも直ぐ不快におなりになるし、それが今度は私の方にはまた一層強く来るのです。さうして、だん/\に気持が妙に外れて来るのを見てゐますと、私はもうたまらなくなるのです。
 私が、昨日だか一昨日だか、パウル・ハイゼのラ・ビヤタの話を持ち出しました時、私はあの主人公と女主人公の事をふと思ひ出して、私があれをどんなに興味をもつて読んだかをお話して、そして私の片意地をお話しようと思ひました。けれども、さう思ふと同時に、頭の中ではあなたにお話しようとする事は綺麗に整つて仕舞ひましたけれど、さてそれをそのまま話す事は、もう何んだか不自然な気がして、素直に口にする事が嫌やになつて、そのまま黙つて仕舞ひましたのです。
 そんな風で、昨日山を一人で歩いてゐます時にも、その事ばかり考へてゐましたの。自分で自分に手のつけようがないのですもの。暫く私はあの池の岸で考へてゐました。さうして仕舞ひには泣きさうになりました。それからまた焦り焦りして来ましたので、山に登り始めましたの。そして急な道を一足々々用心しい/\登つてゐるうちに、何時かその方に気をとられて、頂上の平らな道に出ました時には、ぼんやりしてゐましたの。そして…

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