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一人二役
ひとりふたやく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者」 光文社文庫、光文社
2004(平成16)年7月20日
初出「新小説」春陽堂、1925(大正14)年9月
入力者門田裕志
校正者A.K.
公開 / 更新2016-08-31 / 2016-06-28
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 人間、退屈すると、何を始めるか知れたものではないね。
 僕の知人にTという男があった。型の如く無職の遊民だ。大して金がある訳ではないが、まず食うには困らない。ピアノと、蓄音器と、ダンスと、芝居と、活動写真と、そして遊里の巷、その辺をグルグル廻って暮している様な男だった。
 ところで、不幸なことに、この男、細君があった。そうした種類の人間に、宿の妻という奴は、いや笑いごとじゃない。正に不幸といッつべきだよ。いや、まったく。
 別に嫌っていたという程ではないが、といって、無論女房丈けで満足しているTではない。あちらこちら、箸まめにあさり歩く。いうまでもなく、女房は焼くね。それが又、Tには一寸捨て難い、おつな楽みでもあったのだ。一体Tの女房というのが、なかなかどうして、Tなんかに、勿体ない様な美人でね。その女房に満足しない程のTだから、その辺にざらにある売女などに、これはという相手の見つかろう筈もないのだが、そこがそれ、退屈だ。精力の過剰に困っているのでもなければ、恋を求める訳でもない。ただ退屈だ。次々と違った女に接して行けば、そこにいくらか変った味がある。又、どうした拍子で、非常な掘出し物がないでもあるまい。Tの遊びは、大体そんな様な意味合のものだった。
 さて、そのTがね、変なことを始めた話だよ。それが実に奇想天外なんだ。遊戯もここまで来ると、一寸凄くなるね。
 誰しも感じることだろうが、自分の女房がね、自分以外の男に、つまり間男にだね、接しる時の様子をすき見したら、さぞ変な味がするだろう、……いや、実際にやられては耐らないが、ただふっとそんな好奇心の起ることがある。Tのあの奇行の動機も、恐らく大部分はそうした好奇心だったに相違ない。T自身では、彼の放蕩三昧に対する細君の嫉妬を封ずる手段だと称していたがね。
 で、彼は何をしたかというと、ある夜のこと、頭から足の先まで、すっかり外で調えた新しい服装で、鼻の下へはチョッピリ附髭までして、つまり手軽な変装をしたんだね。そして、自分のでない、出鱈目のイニシアルを彫らせた銀のシガレット・ケースを袂にしのばせて、何気ない風で自宅へ帰ったものだ。
 細君は、Tがいつもの通り、どっかで夜更かしをして帰宅したのだと信じ切っている。いや、それは当然のことだが、つまりTの変装に少しも気がつかなかった。夜更けに寝惚け眼で見たのだからそれも無理ではない。Tの方でも十分用心をして、新しい着物の縞柄なども、以前からあるのとまぎらわしい様なものを選んでいたし、附髭は床に這入るまで、掌や、ハンカチなどで隠す様にした。で、結局、Tのこの奇妙な計画はまんまと首尾よく成功したんだ。
 床の中でね、彼等は電燈を消して寝る習慣だったから、真暗な床の中でだね、Tはやっと髭を押えていた手を離した。で、つまり、当然だね、その異様な毛髪の感触が、細君を驚かせ…

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