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随筆銭形平次
ずいひつぜにがたへいじ
副題17 捕物小説というもの
17 とりものしょうせつというもの
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(五)金の鯉」 嶋中文庫、嶋中書店
2004(平成16)年9月20日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2016-02-02 / 2015-12-24
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「捕物小説」というものは、好むと好まざるとに関せず、近頃読書界の一つの流行で、大衆雑誌の編輯者が「捕物小説を一つ入れなければ、売る自信が持てない」というのも、決して誇張やお世辞ではないようである。
 十年二十年ほど前には、やくざ小説がはやり、明治の初年には、義賊小説や泥棒芝居が恐ろしい勢いで、創作演劇の世界を風靡した。そのいずれにも共通な性格は、英雄的で、多分に反社会的な傾向を持ったものである。今日の捕物小説は同じく英雄崇拝的な傾向を持ったものであるが、むしろ根底に横たわる思想は遵法的又は人道的で、その点やくざ小説又は義賊小説とまったく異なり、同じ系統の小説らしく見えながら、新しい読者を獲得した所以だろうと思う。
 その意味において捕物小説は、単なる犯罪小説又は怪奇小説であってはいけない。あえて世道人心を裨益しようなどという、大それた自惚は持っていないまでも、娯楽に重点を置き過ぎ、読者の好奇心に阿って、人の子を毒するようなことでは、遅かれ早かれ、世の中から見捨てられる時期が来るだろう。捕物小説に一脈のヒューマニズムの匂うのは、捕物小説のためには、保身延命の保護策でなければならない。



 では、捕物小説は、どれだけの特色があるかといわれると、一般大衆小説と同じように、それは娯楽的な役目を果たすばかりでなく、探偵小説の範疇に属するものとして、スリルとサスペンスの刺戟になる読書子の食慾に満足を与え、さらに作中の主人公と共にトリックを解いていくスポーツ的興味の外に、何がなし、特別なものを持っていなければならないはずである。
 その一つは、江戸時代を描くことに依って味わい得る郷愁への訴えである。髷を結って刀を差していた江戸時代、青酸カリもピストルも無かった江戸時代は、馬鹿馬鹿しい義理人情に歪められた時代ではあったが、同時に、吉原と猿若町の空気が、不健康ではあるにしても、一種微妙な江戸情緒を醸し出し、そこに生まれた幾多のロマンティストが、想像も及ばぬ美しきものを織り出した時代でもあったのである。
 捕物小説の主人公は、理想化された町方役人又は御用聞きであり、その活動の舞台は、ほとんどことごとくが、江戸っ子の庶民階級である。其処へ登場する武家は、先祖の手柄で徒食する、ドン・キホーテの場合が多く、通俗小説の英雄――忠臣義士はあまり顔を出さない。
「捕物小説の与力や目明かしは、決して賄賂を取らない」とある人はいった。いかにも面白い言葉である。現代の世智辛さに疲れ果てた人が、江戸時代への回顧に、一脈の慰安を感ずるように、毎日眼に触れる収賄贈賄の新聞記事に中毒している人達は、江戸時代の御用聞きの清廉さに、涼風腋下の快感を覚えることであろう。



 これはすべての探偵小説について考えることであるが、探偵小説又は捕物小説はしばしば人間の猛烈な本能の発動を抑制するための…

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