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銭形平次打明け話
ぜにがたへいじうちあけばなし
作品ID57219
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十三)青い帯」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年7月20日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2015-12-29 / 2019-11-23
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 昭和六年のある春の日の午後のことである、かねて顔見知りで、同じ鎌倉に住んでいる菅忠雄君が、その当時報知新聞記者であった私を訪ねて来て、二階の応接間でこう話したのである。
「今度オール読物を月刊雑誌にすることになったが、その初号から岡本綺堂さんの捕物帳のようなものを連載したいと思うがどうだろう、君にそんなものは書けないか」というのである。岡本綺堂さんは『修禅寺物語』の作者であるばかりでなく、捕物帳にもすぐれた江戸情緒を盛って、われわれ後生の及び難い才分を示した人ではあるが、私にはまた、私の考え方があるかも知れず、「岡本先生の真似は出来ないが、私はまた私の書き方があるかも知れない」と、簡単に引受け、銭形平次は、その月から、連載読切として出発し、五十回前後で半歳ばかり休んだ外は、戦争中の休刊を別に、まずまず今日まで続けて来たのである、その間二十五年間、約三百回に及び、新聞その他、他誌の発表を加えて、三百頁五十巻(注・まだ定本にならぬ前の別の本)という、驚くべき大量となったのである。
 最初私は、同心、与力または御奉行であってはいけない、最初から江戸の市民でなくてはいけず、シャーロック・ホームズのように、自由でなければいかず、もう一つ、特殊の技能を持った、英雄人でなければいけないと思ったのが、銭形平次を作り出した動機であるとも言えるだろう。四文銭を投らせたのは、第一回からの特技で、これは『水滸伝』の没羽箭張清が、腰に下げた錦の袋を探って石を投るのと同一型の思い付きに過ぎない、毛利玄達の吹矢、八丁礫の喜平次の礫、古来作家は屡々この手を用い、放送や映画などになると、近頃はいっこうに銭を投らせないではないか、などとお客様に叱られたほど、これが通俗になってしまい、いささか作者を閉口させている次第である。
 しかし作者の意図は別にあるわけで、今日はそのことについて少しくお話しようと思う。一体私は東北の僻村の出で、祖先の名は、源九郎義経とも平清盛とも伝わらず、元禄時代からの墓碑も残っているが、全くの水呑み百姓である、祖先のお蔭で中農程度の土地は持っていたが、士族が通れば、道の一隅に避けて、丁寧にお辞儀して通った百姓の子である。明治初年に生れて、十年代に成人し、封建思想が村の隅々まで残っていた私の少年時代に、われわれを虐げ尽した階級を悪み、庶民に同情しようと思い定めたことはまた已むを得ない。
 捕物帳という、かりそめの仕事をするに当って、この初一念が、私を鼓舞したことも考えられないではない。侍階級でも随分立派な人はないわけではなく、中には驚くべき清廉な君子人も少なくはなかったが、それは物心ついてから、私が掘り出したことで、その例を以て侍階級の一般を律するわけに行かず、私の少年の頃の憎悪は、依然として徒食する人達や、駄馬の背から、飛降りて道を避けさせた人達に向けられたことは言うま…

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