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高度八十マイル
こうどはちじゅうマイル
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第八巻」 岩波書店
2001(平成13)年5月7日
初出「自然 第八巻八号」1953(昭和28)年8月1日<br>付記「黒い月の世界」東京創元社、1958(昭和33)年7月5日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2016-05-19 / 2016-04-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 少しかわった話をしよう。
 今まで世界中で、いちばん高いところまで上った記録は、高度八十マイルである。そしてこの記録をつくったのは、人間ではなくて、猿である。
 人間ののぼりえた最高記録は、この猿のつくった記録からみたら、まことにお恥ずかしいものである。飛行機による記録は、高度十五マイルであって、八十マイルからみたら、五分の一にも足りない。それでも二、三年前に、アメリカ海軍のスカイ・ロケット機が、この最高記録を作った時は、大いに世間を驚かしたものである。
 ところで猿がどうしてそんな高いところまでのぼれるかというと、それはロケットの中へ入れて打ちあげるからである。オハヨー州デイトンの空軍基地に、航空医学研究所というものがあって、そこで今までに五回、猿をロケットに入れて打ちあげたことがある。そのうちの一回が、八十マイルの高度まで達したのであるが、これが生きたものが空へあがった最高の記録である。
 猿をロケットで打ちあげるなどというと、いかにもとっぴな話のようにきこえるが、これは超音速飛行機の操縦や、宇宙旅行のロケットの研究に、きわめてたいせつな実験なのである。というのは、そういう超音速度の飛行には、必ずいちど、重力の影響がほとんどきかない期間が伴なう。宇宙旅行用ロケットの場合は、地球の重力圏外に出ればもちろんのこと、それまでいかなくても、遠心力との釣合で、重力がぜんぜん感ぜられない状態になることがある。すなわち人間の身体が宙に浮いてしまうのである。
 いつか月世界旅行の映画が、日本へもきたことがある。あの中に、人間も物体もみな宙に浮いている画面があったが、あのとおりのことが、ほんとうに起るのである。映画の場合は、ふわふわと宙に浮いていて、いかにもきらくそうに見えたが、あれはもちろんトリック撮影である。映画ならそれでよいが、ほんとうにそういう超音速の飛行をする場合、身体が宙に浮いていては、操縦になにか支障が起るかもしれない。それで重力のない世界での人体の生理という問題が、今後の航空医学では、たいせつな問題の一つになってきたわけである。
 こういう研究は、実験をしてみるよりほかに道がない。温度や圧力はもちろんのこと、たいていの物理的条件は自由にかえられるが、重力の働かない世界を、実験室内でつくることは絶対にできない。唯一の方法は、実験者を、自由落下の状態にしておくことである。自由に空中を落下している間は、そのものには、重力が感ぜられない。エレヴェーターが降り始める時に、スーッと背筋をみょうなものがはしるような感じになるが、あれが重力が弱くなった時の感じである。
 それならエレヴェーターの中で実験をしてみたらよい、と思われるかもしれないが、あれでは時間が短かすぎる。エレヴェーターでゾーッとするのは、降り始める瞬間だけで、あとすぐああいう感じはなくなる。自由落下の場…

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