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写真と暮らした三十年
しゃしんとくらしたさんじゅうねん
作品ID57271
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第八巻」 岩波書店
2001(平成13)年5月7日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2016-06-10 / 2016-03-04
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

焔を撮る苦心

 物理の実験に、写真が広く応用されることは、周知のとおりである。とくに私の研究の場合は、ほとんど写真を用いた研究であって、考えてみると、もう三十年間も、写真とともに暮していたことになる。
 初めて研究と名のつくものに手をつけたのは、大学三年生の時であった。現在日立の中央研究所におられる湯本博士が、当時大学院の学生として、寺田寅彦先生の下で、水素の爆発の実験をしておられた。私が三年になって、寺田先生の指導で、卒業実験をすることになった時に、先生から、湯本さんのこの実験の手伝いをすることを命ぜられた。
 この実験で、初めて写真を研究に使うことを覚えた。大正十三年のことであるから、今から数えて、三十三年昔の話である。それ以来、英独留学中の二年間を除いては、ずっと写真を使う研究をしていたので、文字どおりに「写真と暮した三十年」なのである。
 水素の爆発といっても、空気中または酸素中に、少量の水素がはいった場合の爆発の研究であって、燃焼といった方がよい程度のものであった。危険はないので、細長いガラスのU字管に一〇ないし一五パーセントの水素と酸素との混合気体を入れて、上端から火花で火をつける。すると燃焼が、ある場合にはU字管の底まで伝播し、ある場合には、途中で立ち消えになる。
 目的は、航空船の爆破防止にあった。当時の日本の海軍は、まだ航空船を使っていたが、それが原因不明の爆発をしたことがあったので、その原因探究のために始められた研究であった。水素が少し漏れているところに点火した場合に、その火が気球にまで行くか、立ち消えになるか、というようなことを調べるのが目的であった。
 やってみると、この現象は非常に複雑であって、管の太さと長さとによって、途中で消えたり一旦消えそうになって、また燃え続けたり、いろいろ不思議なことが出てきてどうにも始末におえなくなった。
 結局焔の伝播の状態を、写真に撮って調べなければ、本当のことはわからない、ということになった。しかしこの焔は、不完全燃焼であるから、光が非常に弱く、やみに馴らした眼に、辛うじて見える程度であった。当時のレンズと感光材料とでは、その撮影は不可能であった。
 それで水素と酸素との不完全燃焼に類似の燃え方をするガスで、もっと強い光を出すものを探した。いろいろ験してみた結果、石炭ガスと酸素との適当な混合気体に、微量のアセチレンを加えたものが、この目的に適うことがわかった。
 しかしそれでもまだ光は弱いので、当時のレンズでは、なかなか写らない。ダゴールのf6.8というのが、上等のレンズであった時代である。さんざん苦労をした揚句、クックのf2という収差のひどいレンズを手に入れて、やっとかすかな焔の像がうつることになった。ポートレート・フイルムという厚いフイルムが一番速かったので、それを苦心して円筒に捲きつけ、その…

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