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樹氷の科学
じゅひょうのかがく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第五巻」 岩波書店
2001(平成13)年2月5日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2017-02-24 / 2017-01-13
長さの目安約 48 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一 蔵王山の「怪人」

 冬のスポーツとして、スキーが急激に人々の間にひろまったとき、練習場で遊んでいることにあきたらず思う人々は、更に雪の山へと出かけて行った。
 冬山の魅力は、一に雪の森厳さと美しさとにある。ひとたび冬山のこの美しさを味わった人々は、決してそこから開放されることがない。こういう人々に、わけてもその美しさをたたえられたのは、蔵王山である。
 蔵王山は、山形県と宮城県との境にある高さ一八四一メートルの山である。高さからいっても、山の形からいっても、何の奇もないごく普通の山といえよう。その麓には、上ノ山、赤湯、青根などという温泉がある。また山頂には、この山の山形側の山麓に生れた歌人斎藤茂吉氏の歌碑が建てられている。そしてそれには次のような歌がほりこまれている。
陸奥をふたわけざまに聳えたまふ蔵王の山の雲の中に立つ
 この歌のうたうとおり、蔵王山は、陸奥を二つに分けているのであって、一方は日本海、一方は太平洋に面しているわけである。そこでこの山が、冬山に遊ぶ人々の聖地になった理由をのべることにしよう。
 スキー家たちは、よく蔵王へ行って来たか否かを話題にする。なぜ蔵王へのぼることが、スキー家たちによってそんなに問題になるのであろうか。一つはこの山の冬の気象が非常に厳しいので、高さに於てはさほどのこともないが、相当の練達が必要とされていることである。しかしこの山には、いま一つもっと人々の心を惹くことがある。それはこの山に特有な樹氷の景観である。蔵王山の樹氷は、今日では「モンスター」という名前で一般に通っているように、まったく特異な貌をもって、雪の深山に並び立っているのである。
 この雪山の「怪人」は、土地の人も、また早い頃の冬山の登山家たちもよく知っていたが、十二三年前にドイツから或る映画家が来て、この山を背景にした映画を作って、我が国内にはもちろん、また広く世界にも紹介したことがある。それ以来急に有名になったのである。
 この樹氷は、簡単にいってしまえば、針葉樹が全体に雪で蔽われて、「怪人」の姿になったものである。
 吹雪を犯しての苦しい登りがつづいて、やがて八合目あたりにつくと、急にこの怪人たちが、何千何万と立っている神秘境に入る。そのモンスターの間をぬって、スキー家たちは縦横に滑走するのであるから、その愉快さは、他の山では味わえぬものである。
 樹氷はもちろん蔵王山だけで見られるものではない。北海道などで少し山奥へ行くと、どこでも見られる現象である。しかし蔵王の樹氷こそは、樹氷として人々が知っているものの中で、最も美しく、又荘厳なものであって、樹氷の代表として恥しくないものである。

二 着氷の現象

 蔵王山の樹氷は、雪がたくさん針葉樹に凍りついたものである。蔵王山と限らず、冬山へ行くと、何処でも多少の差こそあれ、雪が白く樹の枝に凍りついて…

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