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この頃の皇太子殿下
このころのこうたいしでんか
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「「文藝春秋」にみる昭和史 第二巻」 文藝春秋
1988(昭和63)年2月25日
初出「文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年1月号
入力者sogo
校正者富田晶子
公開 / 更新2017-01-01 / 2017-01-01
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 今の東宮仮御所のある渋谷常盤松の辺は、土地がゆるやかに起伏し、道路が不整な線をなしてその間にうねっている。幾つかの凸凹の一凸部の端に仮御所はある。もと東伏見大妃殿下のおられた天井の高い旧式の洋館である。
 食堂に下りて来られる以外、皇太子殿下は主にその二階にお住居になっている。東に面して三つの部屋が並んでいる。御進講堂、御座所(書斎)、そうして「ピアノの間」である。ピアノの間といっても別に音楽室ではない。ただ壁に寄せて直立ピアノが置いてあるところから、内舎人たちが便宜上そう呼びならわしただけで、実質は客間または談話室である。両陛下がお出でになったときもここへお通りになるし、殿下が外国使臣にお会いになるのも、ここである。私が毎週殿下と御一緒に本を読んだり、様々のお話をするのも、何時かこの御部屋でする慣わしになった。
 部屋の大きさは二十畳位であろうか。格別に大きな安楽椅子や長椅子が置いてあるので、割合狭く見える。入って右(南)側の壁に寄せて電蓄とレコードの函、そのレコードの函の上にモーニングの陛下、和服の皇后陛下の何れも七分身ほどの御写真が立てられ、斜めにそれに対する位置に、王冠を着け、笏を手にした英女皇の署名入りのお写真、その上の壁に、女皇からの贈り物である、新様式で庭園を描いた油絵がかかっている。また、電蓄の方の函の上には熱帯魚のガラス水槽が置かれ、水藻が青く電光に輝いている。更に一つの壁は書棚で、大部の和洋の全集叢書事典類が収められている。私はお許しを得て時々そこで「ブリタニカ」を開く。この部屋の特色は、その東南隅から突き出した二坪ばかりの一角で、そこは二方の窓から、日光が入り過ぎるほど入る。殿下とご一緒に本を読んだり、お話をしたりするのも、何時かこの一隅でするようになった。元はお部屋の中央で机をへだてて相対し、私の後ろに黒板を持ち込んだようなこともあったが、もっと楽な姿勢で、ノンビリお話し致しましょう、ということで、この一隅の安楽椅子または長椅子に座を占めるようになったのであった。
 読む本で一番長く続いているのは、英人サア・ハロルド・ニコルソンの「ジョージ五世伝」だが、福沢諭吉の「帝室論」を読むために、殿下も私も、それぞれ福沢全集の一冊をこの一隅に持ち込んだこともある。露伴の「運命」を、岩波文庫本で読んだこともある。近頃は、新聞の日曜版に出る週間サムマリイをテキストにして、前週の時事についてお話しし合うことになり、私は定日である毎火曜日の午後、自宅から、必要な新聞紙一枚を携えて行くことにしているが、殿下は、御自分で常侍官候所に往き、そこの新聞掛けから必要の綴じ込みを片手に提げてお出でになるのが、常になった。さて、各々明るい窓ぎわに座を占めて膝の上に本を開くのであるが、何時か私は、殿下がサックごと読書眼鏡を取り出して前の小卓に置き、眼鏡を一寸ぬぐって…

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