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俳句上の京と江戸
はいくじょうのきょうとえど
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「俳諧大要」 岩波文庫、岩波書店
1955(昭和30)年5月5日
初出「種ふくべ」1900(明治33)年4月
入力者酒井和郎
校正者岡村和彦
公開 / 更新2016-12-25 / 2016-12-09
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 京都から『種ふくべ』という俳諧の雑誌を出すから、私にも何か一つ書けとの事でございました。昨年来俳句の流行につれて各地にその雑誌が出るようになりましたのに、昔からの都であった京都に何もないというは不釣合な事であるから、『種ふくべ』の出るのは誠に適当な事と考えます。しかしながら雑誌の発育はかなり困難なもので、寄合世帯のようでは到底永続せぬ事は明かでありますから、雑誌を己の生命と思うほどの人が一人なくてはなりませぬ。なぐさみに出す雑誌ならば、盛になろうと衰えようと構わぬとはいうものの、とにかく一度生れた子はなるべく無病息災であるのが親の望む所でありましょう。私はどこまでも『種ふくべ』の無病息災を祈っております。
 さて私がここに掲げました「俳句上の京と江戸」という題は、俳句上では非常の大問題で、また極めて面白い問題で、従ってこれを論ずると甚だ長くなる問題であります。十分一冊の本になりましょう。しかしここには大体の輪郭を画くに止めて置きます。
 徳川時代の俳句界の中心は何処でありましょうか。京でありましょうか。江戸でありましょうか。京か江戸かの二つの内であるという事は誰も異論はありますまいが、どちらであるかは人々によって違いましょう。江戸の人に言わせると、「俳諧と蕎麦は江戸に限る」と芭蕉のいわれた通りで、俳諧はこっちのものだ、というような事を言うて威張る。京の人に言わせると、我々こそ芭蕉の正統を継いだ者であって、江戸の俳諧は外道である、というような事を言うて威張る。もし今の京の人に言わせたら、芭蕉の正統などとは言うまいが、その代りに、蕪村はおれの方じゃ、と言わるるであろう。とにかくにこの相撲は軍配をあげる事の出来ぬ取組であって、東へあげれば西から物いいがつく、西へあげれば東から物いいがつく、というむつかしい勝負であります。しかし公平に考えて見まするに、やはり無勝負の持というが正当でありましょう。けだし徳川時代の俳句界は一個の中心点を持った正円形ではなくて、いわば二個の焼点を持った橢円形のような者であったのであります。しからば俳句界はなぜ円形にならずに橢円形になったかと申しますると、それは徳川時代の政治界が橢円であったためであります。
 全体においては無勝負という事にしましても、ある時代々々で取組んで見ると、互に勝負があって面白いから、少しく時代の比較をやって見ましょう。
 第一は貞徳時代でありますが、これは貞徳が已に京にいた位であるし、殊にこの頃はまだ江戸草創の際で、東武ではなかなか文学などいう優長な事をやって居る余地がなかったのですから、俳人というは大概京の人がしめておったようです。この取組は無論京が勝です。
 第二は談林時代です。この時代は江戸でも文学勃興の機運が向いて来たので、大分盛になっていました。現に『談林十百韻』というのは江戸で出来た位で、談林の本家本…

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