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あひびき
あいびき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「林芙美子全集 第六巻」 文泉堂出版
1977(昭和52)年4月20日
初出「別冊文藝春秋」1946(昭和21)年12月
入力者しんじ
校正者阿部哲也
公開 / 更新2017-01-12 / 2016-12-09
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 火の氣がないので、私は鷄介と二人で寢床にはいつてゐた。朝から喋つてゐたので、寢床へはいると喋ることもなく、私は、あをむけになつて、眼の上に兩手をそろへて眺めてゐた。鷄介も兩の手を出した。私は鷄介の大きい掌に自分の手を合はせてみた。「冷い?」鷄介は默つて私の手を大きい掌で包みこむやうに握つた。朝から雨が降つてゐるので、私は落ちついてしまつた。何もする氣がしなかつた。草におく露のやうに、きらきらと光つてゐる男の心が無性に私の心をはずませた。二人はお互ひの指と指をからませあつて、のびのびと體をのばして天井を見てゐた。硝子窓に、横なぐりの雨が吹きつけてゐる。樋をつたふ雨のこぼつ、こぼつと、石穴にでも溢れてゐるやうな音がして、空は黄灰色に薄昏く、水氣がこもつてゐた。晴れた日は、窓の向うに富士山が見えると女中が云つてゐたけれども、昨夜、この宿へ着くなり雨で、富士山は見えなかつた。――戰爭の頃は、此宿は寮にでもなつてゐたらしく、荒れ放題に荒れた部屋の中で、疊も汚れ、蒲團も重い。二人出鱈目に甲府まで來てしまつた。そして、出鱈目に湯の宿を探して泊つた旅館だけれども、結局は二人にとつては、そんな、むさくるしい部屋も氣にはかゝらなかつた。――私は鷄介の子供を宿してゐた。私は珊瑚色の寢卷きを着てゐた。身幅を廣く縫つた寢卷きを着てゐるので、みごもつてゐる女のみにくさは案外めだたないでゐる。鷄介は思ひ出したやうに、時々、私のおなかに耳をあてて、胎内の子の息を聽いた。鷄介にはおくさんがあつた。私にも良人があつた。そして、戰爭は濟んでゐるのに、私たちの重たい環境は、この戰爭とは何のかゝはりもなく崩れてはゐなかつた。ただ何ヶ月か先には、私は、子供を産む支度をしなければならない。
 朝も晝も、食事らしい食事をしないのだけれども、私たちは別に腹の空いた感じもなかつた。少しの間でも、二人は寄り添つて、忽諸してゆく運命に耐へてゆきたかつた。二人でしつかりつかまりあつてゐたい氣持ちだつた。光澤のある、二人の正直な心を、この一瞬だけでも、神樣は哀れんで下さるだらうと、私はさう思つた。あひびきにつきものの、暗い不安は突きのけて、私は、安心して明るい氣持ちでゐられた。二人は、時々冗談を云つて笑つた。判斷をするやうないとまなぞはなかつた。拔目なく、このおもひをつらぬかうなぞと云つた願ひもなかつた。牢屋にゐても、心でだけ、愉しいと思ふ時はあるに違ひないと言つたやうな、そんな妙な靜けさでもゐる。谷間のなかに轉落しても、私たちは笑ひあつてゐられるやうな、暖かい滿足感があつた。このやうな二人の間と云ふものは、不幸な終末が來ない筈はないと信じて、その不幸の來る事にくよくよとするやうな、お互ひの年齡でないことが、私の氣持ちを落ちつかせてもゐたのであらう。觸れる。幸福だと思ふ。それでよいのだと思つた。これ以上の何を求める…

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