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発端・電話事件
ほったん・でんわじけん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆 別巻70 電話」 作品社
1996(平成8)年12月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2016-01-01 / 2016-01-01
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 夏目漱石は家人のすすめで、やむなく電話を買ったが、うるさいからといってしばらく受話器をはずさせておいたという。自分の方からはかけるが、人からの呼出しには応じないわけである。これは漱石の神経症状のみられたころの奇行として、重大な意味をもたせてよいものか、反対にユーモラスな悪戯として笑ってすませるべきだろうか。それとも単なるゴシップで、事実無根であったろうか。
 電話に関する綺譚、怪談、悲劇も、かぞえあげたら一冊の本になるくらい多いだろう。私にも、ひとつ思い出がある。子供の頃うちで電話を買ったが、前の持主は事業に失敗した商人だった。彼はいよいよ明日は電話をはずされるという前夜に、その電話機に紐をかけて縊死してしまった。仕事のゆきづまりで、もうどうにもならなかったのであろうが、大切な電話を失うことも大打撃だったにちがいない。それだけでも不吉な電話なのに、番号が「四二番」で「死に」通じるのだった。この二重に不吉な電話は、私の家でも気味悪がってしばらくひきとらずにいたが、そのうちにやむなくひきとって、茶の間の押入の中につけられた。重い板戸のなかで、ジーン、ジーンと電鈴がなると、先の持主の恨めしそうな声でもきこえてきそうで、私はたちすくんだものだった。
 二笑亭綺譚の発端も、電話に始まる。
 電話で生命をすてるような小心もののない現代でも、東京の電話は有力な資産であり、活動の武器でもあろう。それを無償で電話局へ返還すると申しでた人があった。所在は繁華な地区の商店街で、しかも番号は末広といって縁起のよい「八番」である。東京電話局はいままで電話にまつわる無数の事件を取扱ってきたが、無償で返すと申しでた人のあらわれたのは初めてのことだった。
 この前代未聞ともいうべき事件は、当局をして理由の解釈に苦しませたが、所有者の執拗な申し出によってようやく手続を完了した。その理由は、あまりにも単純だった。電話が不用になった、引取ってくれ、金はいらないから売る必要はない、電話局はひきとる義務があるというのだった。
 調査に行った局員は、所有者が家族もなくただひとりで、大きな家に住んでいることを知り、変人の独居生活のために不用になったと解釈して、とりはずしてしまった。しかし、彼には家族がないわけではなかった。別居していた家人たちは、主人への電話が通じなくなったのを不審に思ってみにいった。すると、無償で返還した事実がわかった。
 数年来奇行がつづいて、ともに住むにたえなくなり、一人去り二人去った家族も、いまや主人が奇行人だといって放っておけない状態にあることをみてとった。そしてそのまま放っておけば、財産もどうなってしまうかわからぬ不安にかられた。そこである弁護士に依頼して、電話の取戻しを計るとともに、禁治産の申請をすることになった。
 鑑定にでかけたある精神病院長は、検診を拒まれて、やむな…

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