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折紙
おりがみ
作品ID57411
著者中 勘助
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆68 紙」 作品社
1988(昭和63)年6月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2016-05-03 / 2016-03-04
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 私はまたその妹とすごした海岸の夏をわすれたことはない。あの松原のなかで潮風の香をかぎ松をこえてくる海の音をききながら二人して折物をして遊んだとき、円窓のそとにはなぎの若木がならんで砂地のうえに涼しい紺色の影を落した。妹はふっくらと実のいった長い指に折紙をあちらこちらに畳みながらふくふくした顔をかしげて独り言をいったり、たわいもないことをいいかけたりする。つややかな丸髷に結ってうす色の珊瑚の玉をさしていた。桃色の鶴や、浅葱のふくら雀や、出来たのをひとつひとつ見せてはつづけてゆく。私は妹と向きあってなんのかのとかまいながらやっとのことで蓮花とだまし舟を折った。ここにあるひとたばの折紙はなつかしいそのおりの残りである。藍や鶸や朽葉など重りあって縞になった縁をみれば女の子のしめる博多の帯を思いだす。そのめざましい鬱金はあの待宵の花の色、いつぞや妹と植えたらば夜昼の境にまどろむ黄昏の女神の夢のようにほのぼのと咲いた。この紫は螢草、螢が好きな草ゆえに私も好きな草である。私はこんなにして色ばかり見るのが楽しい。じっと見つめていれば瞳のなかへ吸いこまれてゆくような気がする。ようやく筆の持てる頃から絵が好きで、使い残りの紅皿を姉にねだって口のはたを染めながら皿のふちに青く光る紅を溶して虻や蜻蛉の絵をかいた。そののちやっとの思いで小さな絵具箱を買ってもらい一日部屋に閉じこもってくさ草紙の絵やなど写したが、なにも写すものもなく描くものも浮んでこないときは皿のうえにそれこれの色をまぜてあらたに生れる色の不思議に眼をみはり、また濃い色を水に落して雲の形、入道の形に沈んでゆくのに眺め入った。さてもこの綺麗な色紙はいつの日かまた妹の指に畳まれて鶴となり、ふくら雀となるであろうか。



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