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ダゴン
ダゴン
作品ID57443
原題Dagon
著者ラヴクラフト ハワード・フィリップス
翻訳者大堀 竜太郎
文字遣い新字新仮名
入力者大堀竜太郎
校正者
公開 / 更新2016-04-15 / 2016-03-03
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 かなりのストレスを感じながら、これを書いている。今夜にはもう、生きていないだろう。金も、頼みの綱のクスリも尽きた。これ以上、苦しみには耐えられない。この屋根裏の窓から、下のうす汚い通りに、身を投げることにしよう。モルヒネ中毒が原因で、身体が弱り、精神も堕落したのだと考えないでほしい。乱雑に走り書いたこの文章を読んでもらえば、完全に理解するのは無理にしても、一体全体なぜ私が忘却や死を望んでいるのか、見当はつくと思う。
 船荷監督として乗船していた定期船がドイツの襲撃艇に捕らえられたのは、広い太平洋のなかでも一段と広々として、船の往来がめったにない海域だった。大戦は始まったばかりで、ドイツ人どもの海軍も、後のように落ちぶれきってはいなかった。船は合法的な戦利品にされたといえ、乗組員は海軍の捕虜として、相応の公正さと配慮をもって扱われた。やつらの軍規が実に大らかだったおかげで、拿捕されてから五日後、小さなボートに長期間もつだけの水と食料を積み、ひとり逃げおおすことができた。
 ようやく自由に、そして漂流する身となったが、自分がどこにいるのか、まったく分からない。優れた航海士ではなかったので、太陽と星の位置から、赤道のやや南にいるとなんとなく推測するしかできなかった。緯度についてはまったく分からず、島や海岸線はどこにも見えない。晴れた日がつづき、焼けつくような太陽の下、何日もあてどなく漂流した。通りすがりの船か、人が住める陸地の岸に打ち上げられるのを待っていた。しかし船も陸地も見えてこず、果てしない海の広大なうねりの中に孤立している状態に絶望を感じ始めた。
 状況が変わったのは、寝ている間だった。何が起きたか、詳しくはわからない。というのも、夢にうなされ、よく眠れなかったとはいえ、ずっとまどろんでいたからだ。ようやく目が覚めると、真っ黒な泥のネバネバしたなかに半身が飲み込まれていた。見渡すかぎり、そのぬかるみは単調な起伏としてまわりに広がっていた。少し離れたところに、ボートが乗り上げていた。
 けたはずれの、予想もつかない風景の変化に、まずは驚いたのだろうと思われるかもしれない。しかし、本当のところ、驚きよりも恐怖の方が大きかった。まわりの空気や腐った泥に不吉な気配があって、体の芯まで凍るようだった。辺りにはひどい悪臭が漂っており、腐った死魚や、見たところなんとも言いようのないものの死骸が、果てしなく広がる不潔な泥の平原から突き出ている。完全な静けさの中、不毛な無限の空間に宿る言いようのない恐ろしさは、ひょっとすると言葉だけでは伝わらないかもしれない。何も聞こえず、一面に広がる黒い泥の他は何も見えない。それでも、あたりの静けさが完全なことと、風景が単調なこと、まさにそれらが心に重くのしかかり、吐き気を起こさせるような恐怖を覚えた。
 太陽はぎらぎらと照り、雲ひとつ…

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